ネタニヤフが延命のためガザで戦争
https://tanakanews.com/210524israel.htm
5月10日、イスラエル・パレスチナのエルサレムやガザで衝突や戦闘が発生し、イスラエル軍がガザに侵攻する戦争が始まった。
この戦争が起きた理由はこの日が、中東戦争でイスラエルがエルサレムを奪ったパレスチナ人にとって屈辱的な記念日であり、パレスチナ側がゲリラ的な抵抗運動(インティファーダ)を始めようとしたからだとか言われている。
だが私が見るところ、戦争開始の理由はパレスチナ側でなくイスラエル側にある。
今回の戦争は、ネタニヤフが首相の座を延命するために意図的に起こしたものだ。
イスラエルでは5月10日、ネタニヤフの政治生命を絶つことを唯一の目的として野党が連合する連立政権の交渉がまとまる見通しになった。
この連立政権の成立を阻止するため、ネタニヤフは配下の右派勢力や諜報界を動かしてパレスチナ側との戦争を開始したと考えられる。
イスラエルでは一昨年から、何度選挙をやっても結果が均衡してしまい、うまく多党連立の政権を組閣できない状態が続いてきた。
ネタニヤフが首相のまま、ネタニヤフ自身も野党の青白連合なども連立組閣できず選挙をやり直すことが4回繰り返されてきた。
3月23日の選挙後も、まずネタニヤフが組閣を試みたが5月7日に失敗が確定し、次に右派政党イェシュアティドの党首ラピドが組閣を試みた。
ラピドはネタニヤフを追い落とすことだけを目標として、政策の違いを無視して連立を試み、アラブ系(イスラエル国籍を持つパレスチナ人)の政党にも連立入りを持ちかけた。
この連立組閣が今日中に決まると言われた、まさにその日に今回の戦争が起きた。
ネタニヤフは政敵からの攻撃の一環としていくつかのスキャンダルを抱え込まされており、首相をやめて野党になると議会で不逮捕特権を剥奪され、有罪にされて政治生命を失う。
ネタニヤフ敵視の連立政権が樹立すると、短期で政権崩壊したとしても、その間に議会で不逮捕特権を解除して起訴すればネタニヤフの政治生命を絶てる。
25年間も政権を握ってきたネタニヤフを追い出すと、イスラエルは大転換への道が開けるかもしれない。
この転換を阻止するために今回の戦争が起こされた。
ネタニヤフ配下のユダヤ入植者や諜報機関の勢力は、アラブ系住民に各地の街頭などで喧嘩を仕掛けてイスラエル国内でのアラブとユダヤの対立を激化させ、アラブ人の政党がユダヤ人の反ネタニヤフの連立政権に入れない政治状況を生み出し、野党側の組閣を潰した。
ユダヤ右派が神殿の丘のモスクの近くで発煙筒を焚き、大事なモスクが放火されたかのような写真をアラブやイスラム世界に流布させ、アラブとユダヤの対立を扇動した。
ラピドは5月13日に連立組閣を断念した。
5月20日にイスラエルがロシアやエジプトによる仲裁を受けてガザのハマスと停戦したため、戦争はいったん終わった(仲裁者が米国でなく、ロシアとその傘下にいるエジプトである点に注目)。
今回の戦争はガザと西岸・エルサレムだけでなく、シリアやレバノンからもイスラエルに砲撃が行われ、それらのすべての敵方勢力がイランの影響下にあることが示された。
ガザのハマスは今回初めてイラン製の巡航ミサイルをイスラエルに撃ち込んだ。
イスラエルの敵はアラブでなくイランになっている。
アラブ諸国のうち、エジプトやヨルダンは以前からイスラエル寄りで、サウジなど湾岸諸国はトランプ米前大統領の仲裁でイスラエルに接近した。
イランは米欧露中と核協定の交渉を再開しており、米国はイスラエルの反対を押し切ってイランの台頭を容認している。
強くなったイランは、自国の強さを示せるのでイスラエルとの代理戦争の再発を厭わない。
イスラエル側も、ネタニヤフの延命を維持できるので戦争を好む。
この戦争は今後も断続的に続く。
イランの傘下でサウジ軍と戦ってきたイエメンのシーア派の武装政党・ゲリラ勢力であるフーシ派は、パレスチナ人のゲリラ戦法や武装政治闘争の技能を伝授してイスラエル打倒に協力したいと言っている。
見かけ上、和平の要素はどこにもない。
ハマスは今回の戦闘で、イスラエルの核兵器を作っているディモナの原子炉を初めて標的にした。
イラン側は4月下旬にもシリアから巡航ミサイルをディモナに向けて撃ち込んでいる。
イスラエル軍の迎撃システムはこのミサイルを迎撃できなかったが、少し外れて着弾したので原子炉は破壊されなかった。
イランの核問題(もともと米イスラエルが捏造誇張した濡れ衣)が解決されていくとともに、イスラエルの核兵器開発もやめるべきだという主張が非米諸国を中心に醸成されている。
米国の後ろ盾が中東撤兵によって失われていく中、イスラエルに残された時間は少ない。
戦争が席巻し、和平は見えない。
しかしその一方で、イスラエルとイランが本格的な国家果し合いの戦争をする可能性も低い、というか私の見立てではゼロだ。
世界が米単独覇権体制から多極型に転換していく多極化は覇権運営側の長期的な意図によるもので、イスラエルとイランが戦争したら中東全体に大きな被害が出るし後始末が大変で、中東の安定化や経済発展が大きく遅れるので多極化の構想に反している。
イスラエルとイランの中東大戦争はずっと前から、起こりそうで起こらない巨大な幻影だ。
以前は私も騙された。
今後はロシアや中国が、安保と経済の両面で、イスラエルとイランに影響力を行使できるようになり、中東大戦争を防いでいく。
小さな小競り合い的な戦争はしばらく続くが、大きな戦争にはならない。
非公式な「冷たい和平」が醸成されていく。
イスラエルとイランは、いずれ和解する。
両者の和解が、中東の覇権転換の完了になる。
どのようにそこに至るのか、まだ見えない。
しかし、いくつのあり得るシナリオを考えることはできる。
今回の動きを機に注目すべきはイスラエルの政治がどうなるかだ。
国際社会(=米国)は2国式の中東和平を求めるが、イスラエルではパレスチナ人の土地を蚕食的に奪ってユダヤ人の居住実態を作って2国式を不可能に追い込む右派入植者が政界を握っている。
この構図が20年続き、2国式はもう実現不能だ。
入植者は自衛・自活しており不屈だ。
単独覇権国だった米国ですら、右派ユダヤ人が西岸で奪取した入植地をパレスチナ人に返還させられなかった。
ロシアや中国にできるはずがない。
2国式は夢物語だ。
軍産マスコミは2国式が実現可能だという幻影(理想論)を撒き続け、パレスチナ人の25年間が無駄になった。
2国式の幻影が維持され、イスラエルはアラブ・イスラム諸国と和解できず、安保を米国に依存するしかなく、イスラエルが軍産の代理人として米政界を牛耳り続け、米国は軍事費を増やしつつ中東で好戦的な策を続ける。
これがラビン暗殺後の2国式の本質だった。
パレスチナ運動は「うっかり軍産傀儡」になった(以前は私も騙されていたが)。
911事件からのテロ戦争は、この図式を強化するために起こされた。
トランプが軍産からボロクソに言われた中東和平の「トランプ案」以降、2国式後・多極化後の新たな中東の図式が見え始めている。
重要な点はトランプ案に記載されていないが「パレスチナ国家を新設するのでなく、これまで米英傀儡の王政だったヨルダンを政権転覆して、ハマス=ムスリム同胞団が政権をとるパレスチナ人の国にすること」だ。
神殿の丘を含む東エルサレムはパレスチナ人の土地として残り、ヨルダンとエルサレムをつなぐ回廊プラスアルファの西岸地域もパレスチナ人の土地になる。
入植地の大半はユダヤ人のものになる。
ガザはエジプトと併合するか(エジプトのムスリム同胞団が再び軍事政権を追い出せた場合)、西岸から道路でつなぐ(トランプ案やその前身のオルメルト案)。
ゴラン高原はアサド政権のシリアに返す。
この方法で、入植者の要求がほぼ通った状態でパレスチナ問題が解決されたことになり、アラブ諸国やイランは正式にイスラエルと和解できる。
ユダヤ右派入植者とイランが勝ち組で、ヨルダン王家ハシミテとパレスチナ自治政府とイスラエル左派が負け組になる。
こうしたシナリオを実現する際、イスラエルの指導者は誰なのか。
まず、左派や中道派ではない。
イスラエル左派・中道派は、2国式の枠組みとともにいる。
2国式が現実として有効だったのは1995年のラビン暗殺までだから、その後の左派は政治力が低下する一方だ。
今回の戦争の直前に連立組閣しようとしていたラピドらは、ネタニヤフと対立した右派であるが、彼らの組閣が成功して政権を取り、ネタニヤフを有罪にして追放した場合、彼らがとり得る一つの道は、政権内に取り込んだアラブ政党にパレスチナ人との対話再開を担当させることだ。
だが、こうした2国式の復活に反対する右派勢力が連立政権内にも多いので推進は無理だ。
そもそも、ネタニヤフを政界追放したとたん、新たな連立与党は内部対立で崩壊し、再び選挙が必要になる。
ネタニヤフに替わる、指導力がある政治家が出てくるかどうかわからない。
むしろ今回、戦争を起こして延命したネタニヤフが、戦争が断続的に続く新状況を生かし、ネタニヤフ敵視派を懐柔して味方に引き戻し、失敗した連立組閣に再挑戦して成功し、右派政権を作る道の方が現実味がある。
この2年間のイスラエル政界の混乱の元凶は、イスラエルに牛耳られていた米国でトランプと軍産との暗闘が激化したことだ。
トランプはネタニヤフと太いつながりを作って積極的にイスラエル傀儡を演じたので、ネタニヤフは米国の暗闘の中でトランプ側に立たざるを得なかった。
軍産側はトランプ敵視だから、イスラエルでもその影響でネタニヤフ敵視の勢力が増えた。
トランプと軍産との果し合いが未決なまま続き、イスラエルも選挙を何度やっても政権を作れない状態にされた。
今年、米国ではトランプが(不正に)負けて軍産側のバイデン政権になり、米国がイスラエルを嫌う傾向が増し、バイデンが就任後ネタニヤフに電話してこないなど、ついにネタニヤフも終わったかに見えた。
だが、今回のガザ戦争が起きる直前に、米国ではバイデン政権や民主党の政治力が陰り出し、トランプが主導する共和党の台頭が始まる「ベルリンの壁の崩壊」的な動きが始まっている。
ネタニヤフが時間稼ぎのガザ戦争をして延命しているうちに、米国で軍産バイデンが弱まってトランプ共和党が蘇生すると様子が変わる。
ネタニヤフは運が強いと前から言われてきたが、今回ももしかすると、である。
今回の停戦交渉の仲介役が米国でなくロシアであることが象徴するように、米覇権の低下と多極化が進展している。
米国だけに依存するとイスラエルは安保的に自滅する。
露中は米国と異なり、外交相手の指導者が民主や人権に配慮するかどうかより、国内政治的に安定して強いかどうかを気にする(トルコのエルドアンとか)。
イスラエルが多極型の世界を渡り歩くには、まだ見ぬまぼろしの新指導者より、引き続きネタニヤフの方がうまくいく。
歪曲された理想主義の米国と異なり、現実主義の露中は、非現実的な理想主義の2国式より、入植者が西岸を蚕食した地上の現実を踏まえた新たな和平の体制を本音のところで好みそうだ。
今回のガザでの戦争が、戦争を誘発したネタニヤフにとって、一時的な延命策で終わるのか、それとも長い混乱を終わらせて再び強い政治ができるようになるのか、今すでにイスラエル政界では今後の流れを決める水面下の動きが始まっているはずだ。
今が短期の延命でしかない場合、ネタニヤフは政治生命を終えていくが、次に強力な指導者が新たに出てくるかどうかわからない。
イスラエルは常勝を必要とする現実主義の戦略集団なので、次の指導者がうまく決まらない場合はネタニヤフの続投が容認される。
米国とイスラエルの諜報界は、これまで(オスロ合意以降)一体性が強かった。
だからイスラエルが米国の世界戦略を牛耳れた。
911からのテロ戦争はその流れで起きた。
しかし今後は米国の中東撤退とともに、相互の諜報界の独自性が強くなる。
これを加速するため、国際交流を断絶するコロナ危機が長期化されている。
コロナは、イスラエル(や英国の)諜報界による米国支配を終わらせ、米国は中東撤退を加速し、イスラエルは米国に頼らない国家戦略に替わっていく。
イスラエル上層部(諜報界や政界)は、国家戦略の切り替えに失敗すると亡国になるので、うわべは内政の混乱が続いても、本質的なところでは戦略立案面の結束を保ち、米国が覇権を喪失するのに連動してロシアなど非米側との連携を強めていく。