きなこのブログ

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SARS⇒MERS⇒エボラ⇒コロナ細菌兵器 15 ~COVID-19利権に結びつくネットワーク~

ビル・ゲーツの人脈からショール・アイゼンベルグの名前が出てくる医療利権の闇
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112160000/

社会を収容所化し、経済活動を麻痺させ、監視システムを強化するだけでなく、リスクの高い「ワクチン」接種させる口実として使われている「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)」の正体はいまだに明確でない。



COVID-19とはSARS重症急性呼吸器症候群)と似た症状を起こす病気で、2019年12月に中国湖北省武漢で最初の患者が見つかったとされている。

 

SARS-2が存在していた可能性はあるが、その病原体が世界に広まっていったようには思えない。

武漢で感染対策を指揮したのは中国疾病預防控制中心の高福主任でなく、中国軍の医療部門で細菌戦の専門家と見なされている陳薇

 

高福がアメリカの医療利権と深く結びついているためだけでなく、2002年から中国で広まったSARSを押さえ込んだのが陳のチームだったからだろう。

その時の経験から​キューバで研究されているインターフェロン・アルファ2b」を使用、今回も効果があった​という。

 

この薬はリンパ球を刺激して免疫能力を高める働きがあるとされ、吉林省長春にも製造工場があり、中国の国内で供給できたことも幸いした。

 

今回の件で​中国の習近平国家主席キューバのミゲル・ディアス-カネル大統領に謝意を述べた​と伝えられている。

このほか、インドやメキシコで効果があったと報告されている駆虫薬の「イベルメクチン」や抗マラリア剤として知られている「ヒドロキシクロロキン」、またヒドロキシクロロキンからヒドロキシル基を取り除いた構造をしている「クロロキン」コロナウイルスに対して有効だとする論文も存在するのだが、医療利権はこうした薬の使用を妨害してきた。

COVID-19騒動では医療利権だけでなく、シリコンバレーのハイテク企業や情報機関なども関係していることがわかる。

 

ようするに、支配的な立場にある人びとは互いに結びつき、ネットワークを張り巡らしているのだ。

こうしたネットワークのうち表面に出ている部分で特に目立つ活動をしているのがビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団

 

医薬品会社と深く結びつき、研究所、有力メディア、WHO(世界保健機関)などへ多額の寄付をしている団体だ。

この財団には少なからぬ興味深い人物が関係しているが、そのひとりが山田忠孝(タチ・ヤマダ)。

 

 

日本で生まれ、15歳でアメリカへ渡ってスタンフォード大学で歴史を専攻、卒業後にユーヨーク大学の医学部へ入っている。

 

ミシガン大学の医療センターで内科医長を務めた後にGSK(グラクソスミスクライン)の重役になり、続いてビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団へ入った。

 

GSK時代に同社の抗糖尿病薬「アバンディア」の副作用が問題になるが、その際に著名な医師を沈黙させるために尽力したことが知られている。

(Robert F. Kennedy Jr., “The Real Anthony Fauci,” Skyhorse, 2021)

 

その後、武田薬品へ入った。

山田忠孝の父親、忠義も興味深い人物だ。

 

世界貿易センターの理事長を務め、藤山愛一郎や渋沢正雄と親しかったのだが、少年時代のショール・アイゼンベルグを日本で世話していたことでも知られている。



アイゼンベルグ1921年にドイツで生まれ、「水晶の夜」(ナチスユダヤ人を襲撃、殺害、強制収容所へ入れた)から2年後の40年にヨーロッパを脱出して上海へ渡り、そこから神戸へ来た。

 

その年で19歳。

 

その若者をなぜ日本の財界の大物が世話したのかは謎だが、その前に、なぜ彼が1940年のドイツを脱出できたのか、疑問に感じる人もいるようだ。

ナチスから逃げるユダヤ人を相手に家具などを換金する仕事をして手数料を稼ぎ、1944年に日本の女性と結婚、大戦後はアメリカ第8軍の司令官だったロバート・アイケルバーガーからペニシリンを販売する許可を得て大儲けしたとも言われている。

日本を離れた後にイスラエルの情報機関モサドの幹部になったとも言われているが、実際、秘密工作で名前が出てくることが珍しくない。

 

1997年に死亡したとされているが、眉に唾をつけながら聞いた人が少なくないような人物だ。

アイゼンベルグ「闇の国」の住人ということになるが、そのアイゼンベルグが少年の時代に世話をした山田忠義も謎の人物であり、その息子も同じだ。

 

 

VAERSへ報告されたCOVID-19ワクチン接種後に死亡した人の数は2万人を突破
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112180000/

「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」を接種した後に死亡した人の数は12月10日現在、前の週より358名増え、2万0244名に達した。



この数値はアメリカのCDC(疾病予防管理センター)FDA(食品医薬品局)が共同で運用している​VAERS(ワクチン有害事象報告システム)​への自主的な報告に基づいているのだが、

https://www.medalerts.org/vaersdb/findfield.php?TABLE=ON&GROUP1=CAT&EVENTS=ON&VAX=COVID19

 

過去の例から実際の1%未満あるいは10%程度にすぎない言われている。

 

実際はこの10倍から100倍、つまり20万人から200万人に達すると見られている。

接種が始まる前から「ワクチン」がADE(抗体依存性感染増強)を引き起こすと予想されていたが、接種が始まると帯状疱疹や⾎栓性⾎⼩板減少性紫斑病(TTP)が発症、ギラン・バレー症候群による末梢神経の障害も指摘されている。

 

4月から問題になっているのは年少者の心筋炎や心膜炎だ。

中長期的にどのような副作用が現れるかは不明だが、「mRNAワクチン」で使われている有害なLNP(脂質ナノ粒子)は肝臓、脾臓、副腎、そして卵巣に分布すると報告されているので、卵子に影響して不妊につながる可能性もある。

こうした医療利権にとって好ましくない情報をインターネットで大きな影響力を持っているシリコンバレーのハイテク企業が検閲し、排除している。

 

こうしたハイテク企業が情報機関と協力関係にあることは有名だが、薬品会社はそれ以上に長く情報機関と関係してきた。

第2次世界大戦後、アメリカでは軍や情報機関が心理操作を目的とするプロジェクトを進めている。

 

1950年には「ブルーバード」を開始、その翌年にCIAのチームは東京でソ連とのつながりが疑われた4名の日本人を尋問、その際にいくつかの薬物を試している。

 

結局、ソ連との関係を白状し、4名は射殺されて東京湾に沈められた。

 

1953年に始められた「MKウルトラ」は有名だ。(Stephen Kinzer, “Poisoner in Chief,” Henry Holt, 2019)

 

 

尋問に使われていた幻覚剤のLSDを製造するのは、言うまでもなく、薬品会社だが、毒薬の開発も進められた。

 

日本で1995年に使われたサリンをCIAは1970年代に暗殺のために使っていたと言われている。

1948年1月26日に東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店で12名の行員が殺された「帝銀事件」では遅効性の青酸化合物が使われたが、こうした薬物を入手、使用できるのは生物化学兵器部隊の元隊員だろうと警察の捜査官が考えたのは当然だ。

日本における生物化学兵器の開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって行われていた。

 

毒物や病原体の効果を調べる目的で生体実験が行われたが、そのために中国で部隊を編成している。

 

関東軍防疫部(731部隊)」、「関東軍軍馬防疫廠(100部隊)」、「南方軍9420部隊」、「北支那方面軍1855部隊」、「南支那派遣軍8604部隊」などだ。

 

特に有名なのは731部隊だろう。



この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めたのは石井四郎中将。

 

日本の敗北が不可避になると石井たちは日本へ逃げ帰り、1946年にはアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けていることになるが、これは厳しいものではなかった。

その過程で石井はGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と親しくなり、日本側の資料や研究員アメリカにおける生物化学兵器の研究開発で中心的な存在であるキャンプ・デトリック(55年からフォート・デトリックに格上げされた)へ運ばれている。

アメリカでも生物化学兵器の研究は行われていた。

 

1943年にUSBWL(陸軍生物兵器研究所)がキャンプ・デトリックに創設されているが、研究開発が本格化するのは第2次世界大戦の後。

 

日本やドイツから生物化学兵器に関する資料がアメリカへ引き渡され、日独の研究員が合流してからだ。