きなこのブログ

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バイデン勝利なら戦争の時代に備えよ 10 ~ロシアの政権転覆を呼びかけたバイデン~

 

ロシア軍とドンバス軍がネオ・ナチを一掃する日が近づく中、バイデンが過激発言
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203280000/

ジョー・バイデン米大統領は3月26日にワルシャワの王宮で演説、​その中でウラジミル・プーチン露大統領を「独裁者」と呼び、「権力の座に留まることはできない」と発言​した。
https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-03-26/biden-warns-of-long-fight-ahead-for-ukraine-calls-for-resolve

ロシアの政権転覆を呼びかけたと理解する人も少なくないだろう。

 

記者の質問に答える際、プーチンを「屠殺人」とも表現した。

バイデンは大統領に就任して間もない昨年3月16日、​ABCニューズの番組で司会者から「彼(プーチン)は人殺しだと考えますか」と聞かれ、「その通り」と答えている​。
https://abcnews.go.com/Politics/biden-talks-cuomo-putin-migrants-vaccine-abc-news/story?id=76490303

この時も国の代表者として非常識だと言われたが、反省はしていないようだ。

 

「正直」なのかもしれない。

ポーランドではアメリカの第82空挺師団の隊員とも会ったが、​空挺師団員がウクライナへ入るというだけでなく、すでに入っているアメリカ兵がいるかのように話している​
https://www.youtube.com/watch?v=OWwN5ol_eQE

バイデンが副大統領を務めていたバラク・オバマ政権はネオ・ナチを使い、ウクライナクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したが、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)や南部のクリミアの制圧には失敗した。

キエフでのクーデターはネオ・ナチの戦闘員で成功したが、ウクライナの軍や治安機関にはクーデターに反発する隊員も少なくなかったと言われている。

 

中堅の隊員が反クーデター軍へ合流、残ったのは新兵が中心だったとも言われていた。

そうしたこともあり、3月に「右派セクター」などネオ・ナチを中心とする親衛隊が編成された。

 

5月になると右派セクターを中心に「アゾフ大隊」が正式に発足、親衛隊の中核になる。

 

アゾフ大隊はドンバスのマリウポリを拠点にする。

それと並行して​オバマ政権はCIAやFBIの専門家数十名を顧問として送り込んだ​が、
https://www.bild.de/politik/ausland/nachrichtendienste-usa/dutzende-agenten-von-cia-und-fbi-beraten-kiew-35807724.bild.html

それだけでなく、​傭兵会社「アカデミー(旧社名はブラックウォーター)」の戦闘員約400名がウクライナ東部の制圧作戦に参加​したとも伝えられた。
https://www.spiegel.de/politik/ausland/ukraine-krise-400-us-soeldner-von-academi-kaempfen-gegen-separatisten-a-968745.html

そうしたクーデター軍ドンバスの住民は戦ってきたのだ。

さらに、​CIAは2015年からウクライナの特殊部隊員をアメリカ南部で訓練していると伝えられている​。
https://news.yahoo.com/exclusive-secret-cia-training-program-in-ukraine-helped-kyiv-prepare-for-russian-invasion-090052743.html

ロシア軍が2月24日にウクライナを攻撃し始める前、ドンバス周辺にはアメリカのアカデミーなどの傭兵会社が派遣した戦闘員のほか、アメリカの特殊部隊員が入っていたと言われていた。

 

ドンバス侵攻の準備をしていたと見られている。

ロシア軍の攻撃が始まった後、ドンバス側は戦闘でアメリカ人「教官」3名、マイケル・ホーカー大尉、ローガン・シュラム中尉、クルーズ・トブリン中尉の死亡を確認したとしている。

ロシア軍や反クーデター軍がドンバスを完全に制圧、ネオ・ナチ軍が一掃される日は近いと見られている。

 

ネオ・ナチへの恐怖から解放された市民は実態を語り始めたが、西側の政府や有力メディアは無視する可能性が高い。

 


米大統領が口にした露政権転覆政策を米政権は否定するが、実際に行われてきた  
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203280001/

ジョー・バイデン米大統領は3月26日にワルシャワの王宮でウラジミル・プーチン露大統領は「権力の座に留まることはできない」と発言​、
https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-03-26/biden-warns-of-long-fight-ahead-for-ukraine-calls-for-resolve

ロシア政府の転覆を公言したと話題になっている。

この発言にはバイデン政権のメンバーも慌てたようでアントニー・ブリンケン国務長官やジュリアン・スミスNATO大使は3月27日、ロシアの政権を転覆させる政策をアメリカは持っていないとそれぞれ主張している。

しかし、ロシアに限らず、アメリカを支配する私的権力が彼らにとって都合の悪い政権体制を潰してきたことは広く知られている。

 

日本でも行われてきたようだが、第2次世界大戦が終わってから最初に行われた選挙への介入は1948年4月に行われたイタリアの総選挙だと言われている。

イタリアはフランスと同じようにコミュニストの力が強く、国民から支持されていた。

 

大戦中、ドイツ軍と戦ったのは事実上、コミュニストを主力とするレジスタンスだけだったことを人びとは知っていたからだ。

 

何もしなければ、コミュニスト政権が誕生する可能性があった。

そこで、アメリカのジョージ・ケナンコミュニストを非合法化するべきだと主張(Michael Holzman, “James Jesus Angleton,” University of Massachusetts Press, 2)、イタリアの選挙結果がアメリカ側の思惑どおりにいかなければフォッジア油田をアメリカ軍が直接占領するとも語っている。

(クリストファー・シンプソン著、松尾弌之訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)

この選挙工作を指揮していたのはアレン・ダレスの側近だったジェームズ・アングルトン

 

アメリカの労働組合幹部、つまりジェイ・ラブストーンとアービング・ブラウンが協力していた。

 

この労働組合ルートからイタリアの社会党資金が流れ込み、コミュニスト排除の動きが始まる。(Michael Holzman, “James Jesus Angleton,” University of Massachusetts Press, 2008)

イタリアのアルチーデ・デ・ガスペリ首相は1947年1月にワシントン輸出入銀行から1億ドルの融資を受けるためにアメリカへ渡り、5月にはアメリカ大使がイタリアの首相に対し、もし政府からコミュニストを排除すればイタリアを支援すると伝えている。

 

それを聞いたデ・ガスペリはすぐ辞職して内閣を解消キリスト教民主党のみの政府を成立させ、そこからアメリカの支援が始まった。(前掲書)

イタリア総選挙への工作で使われた資金の大部分がナチ・ドイツから押収した資産、いわゆる「ナチ・ゴールド」の一部だった(クリストファー・シンプソン著、松尾弌之訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)が、日本軍の略奪財宝も使われたという。

(Sterling & Peggy Seagrave, "Gold Warriors", Verso, 2003)

1947年の終わり頃、CIAは無数の銀行口座を経由させて1000万ドルの工作資金を洗浄

 

ローマ教皇庁のフランシス・スペルマン枢機卿によると、アメリカ政府は密かに「イタリアにおける多額の『裏金』をカトリック教会に流していた」

(クリストファー・シンプソン著、松尾弌之訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)

その後、1953年にはイランでムハマド・モサデク政権を倒すクーデターをイギリスと共同で実施

54年にはグアテマラでヤコボ・アルベンス・グスマン政権を、

また73年にはチリでサルバドール・アジェンデ政権をそれぞれ軍事クーデターで倒している

チリのクーデターでアメリカの手先として動いたのはオーグスト・ピノチェトだが、この人物はイタリアなどヨーロッパのファシスト人脈と結びついていた。

 

その背景に存在していたのはCIAの秘密工作部門だ。

 

CIAが操るファシスト人脈はNATOの秘密部隊で主力になる。

 

イタリアの秘密部隊が「グラディオ」

 

そうした秘密部隊のネットワークがウクライナのネオ・ナチと結びついていることは本ブログでも何度か指摘している。

アメリカの私的権力はコミュニストを敵視しているが、特に反ロシア感情の強い一派も存在する。

 

例えばポーランド生まれのズビグネフ・ブレジンスキーチェコスロバキア生まれのマデリーン・オルブライトは典型例。

 

レオ・ストラウスの思想から影響を受けているネオコンも反ロシア感情は強い。

現在、アメリカの支配層で反ロシア政策の中心的な存在はマイケル・マクフォールだと言われている。

 

 

この人物はスタンフォード大学の学生だった1983年の夏にレニングラード大学でロシア語を学び、85年にはプーシキン記念ロシア語大学のセミナーに参加した。

1991年にはローズ奨学生としてオックスフォード大学へ留学、博士号を取得。

 

この奨学制度は1903年セシル・ローズの遺産を利用して創設されたという背景もあり、アメリカやイギリスの情報機関と関係が深いと噂されている。

マクフォールは現在、スタンフォード大学の教授だが、2009年にはバラク・オバマ政権に上級顧問として参加、「ロシアのリセット」を計画している。

 

この当時、アメリカの私的権力はまだロシアを軽く見て、属国扱いしていた可能性が高い。

2010年8月にオバマ政権は中東から北アフリカにかけての地中海沿岸地域で政権転覆を計画した。

 

その計画を実行するために「PSD-11」が出されたが、その際にマクフォールも会議に参加している。

 

その計画を実行するための手先として使うことにしたのがムスリム同胞団

 

そしてアラブの春が始まった。

その当時、リビアムアンマル・アル・カダフィはアフリカを自立させるため、欧米の通貨支配から離脱しようとしている。

 

アフリカ独自の通貨として「金貨ディナールを導入しようとしていたのだが、こうした通貨が導入された場合、アメリカだけでなく「フラン」を一部の国に使わせていたフランスもダメージを受けてしまう。

 

リビアの体制転覆工作でフランスが積極的だった理由のひとつはここにある。

 

アフリカの資源で甘い汁を吸ってきたイギリスの支配者にとってもカダフィの動きは危険だった。

 

アラブの春でアフリカに独自の通貨を導入するという計画は崩壊した。

2011年にオバマ大統領は外交官のキャリアがないマクフォールをロシア駐在大使に指名、ロシアの大統領選挙を2カ月後に控えた12年1月14日に就任。

 

その3日後には反プーチン派のリーダーたちがアメリカ大使館を訪れている。

しかし、こうした親欧米の反プーチンNGOロシア国民の多くは相手にしていなかった。

 

ボリス・エリツィン時代に欧米の「民主主義」が私的権力へ富を集中させ、国民の大半を貧困化させ、犯罪を社会に広めることを理解していたからだ。

 

ロシアの庶民がアメリカの私的権力が願うように動かないのはロシアに情報が入らないからでなく、実体験として事実を知っているからだ。

アメリカはいつもの手口として、ロシアでも「反体制の象徴」を作り上げた。

 

アレクセイ・ナワリヌイだ。

 

 

この人物は奨学生としてエール大学で学んでいるが、その手配をしたのはマクフォール

 

マクフォールウクライナで2014年2月にクーデターが成功した直後に大使を辞めている。

 

バイデン勝利なら戦争の時代に備えよ 2

「大リセット」全体がひとまとまりの意図的なシナリオ