ヒズボラやイランの負け
https://tanakanews.com/241002iran.htm
イスラエルが9月27日にレバノンのハッサン・ナスララらヒズボラの指導者たちを空爆で殺害し、レバノンへの地上軍侵攻も開始した後、ヒズボラの親分であるイランが10月1日にイスラエルに180発のミサイルを撃ち込んで報復攻撃した。
イスラエルは、4月にシリア駐在のイラン大使館を空爆した時も、イランから無人機群などで報復攻撃されているが、今回のイランからの攻撃は、4月の時よりかなり大規模だった。
ついにイランとイスラエルが本格戦争に入って中東全体を巻き込む大戦争になりそうだとか、第三次世界大戦だとか騒がれている。
(イスラエルのレバノン攻撃し放題)
だがイランの外務省は、ミサイル攻撃の同日、これからイランがレバノンに追加の軍勢を派遣してヒズボラをテコ入れすることはないと発表している。
イランはイスラエルとの戦争でなく、中東の安定を望んでいる、という趣旨だった。
イスラエルはすでにレバノン南部に地上軍侵攻しており、そこにイランがヒズボラを支援する軍勢や大量兵器群を送り込むと、それはイランとイスラエルの本格戦争に発展する。
イラン外務省は、そこまでやりませんと宣言した。
(Iran won’t deploy forces to Lebanon - foreign ministry)
(Iran says will not send forces to confront Israel)
要するに、傘下のヒズボラの大事なナスララを殺されたイランは、何も報復しないと沽券に関わるので、180発のミサイルでイスラエルに報復攻撃した(ナスララと一緒に、派遣されていたイランの幹部軍人も殺されたので、その報復でもある)。
だがイランは、イスラエルと本気で戦争し続ける気がないので、同日、レバノンに追加の軍勢を送りませんと宣言した。
この日のイランの動きで最重要なのは、180発のミサイルよりも、これ以上ヒズボラを支援しないという宣言の方だ。
大戦争も世界大戦も起こらない。
(Five Lessons That Russia Can Learn From The Latest Israeli-Lebanese War)
イランとイスラエルは4月にも、相互に相手の本土を攻撃し続けることをやったが、攻撃はしだいに弱くなり、一往復半で終わっている。
今回はそうならず、しだいに攻撃が強くなって本格戦争になるかといえば、多分そうでない。
イスラエルは、イランを攻撃するよりも、レバノンのヒズボラの軍事資産を破壊し尽くすことを優先する。
ヒズボラは常にイスラエルを攻撃し続けてきたが、イランはイスラエルが先に攻撃した時だけ反撃してくる。
しかも、反撃してこない時もある。
イスラエルが7月、イランに滞在中のハマスの代表イスマイル・ハニヤを爆殺した時、イランは激怒して報復を誓ったのに、自重して報復しなった。
この違いからは、イランがパレスチナをイスラエルの準国内だと認めていることすら感じさせる。
(イランとイスラエルの冷たい和平)
このように、イランとイスラエルは4月から一触即発の軍事対立になってきたが、今回はイスラエルがヒズボラにナスララ殺害など深刻な大打撃を与えており、イスラエルの勝ち、イランの負けで勝敗が決した観がある。
イランが、イスラエルと本格戦争したがらなくなっているのは当然と言える。
(Nearly One Million Forcibly Displaced In Lebanon After Week Of War)
イスラエルは、すごい軍事諜報力を持っていることが示されつつある。
ヒズボラに関してイスラエルは、ナスララら軍幹部たちの居場所を知っており、主な軍幹部たちの半分以上にあたる10-18人を殺害した。
イスラエルは、ヒズボラの兵器庫も場所も知っていて、最近の攻撃でかなりの兵器を破壊した。
10月1日からイスラエル軍がレバノン南部に地上軍侵攻しているが、その目的の一つは、イスラエル国境沿いのヒズボラの兵器庫など軍事施設をできるだけ多く破壊することだ。
どこに施設があるか、イスラエルはだいたい知っているようだ。
('Fierce' Hezbollah Resistance On Ground As Israel Says Lebanon Offensive To Last 'Weeks')
ヒズボラより弱いレバノン国軍は、イスラエルから加圧され、すでに国境から5キロの幅で退却している。
イスラエルは、国境付近の30近い村々のレバノン人たちに北部への強制移住を強いている。
国境沿いを無人の緩衝地帯にして、ヒズボラが攻撃してこないようにするのが目標だろう。
国境沿いは、内陸に行くと山岳地帯になり、イスラエルの戦車が活動しにくく、ゲリラ戦のヒズボラが優勢になる。
緩衝地帯の維持は困難で自滅的だと指摘されている。
(What would a ground invasion mean for Lebanon and Israel?)
だがヒズボラは今回、人的、兵器的な資産をイスラエルにかなり破壊され、大幅に弱体化した。
イランがヒズボラに加勢しないと宣言したので、イランからの兵器の補給もしばらくは低調だ。
イスラエルは、高度な諜報力を維持する限り、イランからヒズボラへの兵器供給を監視し、必要に応じて破壊できる。
(Israel: Settler group advertises new properties in southern Lebanon)
ヒズボラは、幹部が殺されてもすぐに替わりの人材が穴埋めするので弱体化していないと、イスラム主義大本営発表的な例のクレイドルが書いているが、かなり怪しい。
ウクライナの戦況分析では冴えていたアラバマの月も、ガザやレバノンに関してはイスラエル必敗の頭になっている。
(After Nasrallah: ‘Command and Control’ in rapid recovery)
(Israel - Invading Lebanon To Prolong And Expand Its Supremacists War)
ロシア在住の米分析者アンドリュー・コリブコは、オルトメディアはヒズボラやハマス、イランの支持者が席巻していて、彼らはヒズボラやハマスが優勢だと歪曲分析し続け、それを正しく否定する人々に「シオニスト傀儡、モサド、CIA」など濡れ衣のレッテルを貼って攻撃排除する、と指摘している。
そのとおりだ。
私も最近の記事で同じ趣旨を書いた(その後コリブコの記事を読んだ)。
日本でも、中東関連の分析者や「ジャーナリスト」「専門家」の多くがそっち系で、分析者のふりをした政治活動家だ。
自覚せずにやっている人が多い。
(Everyone Was Wrong About The Latest Israeli-Lebanese War)
(イスラエルのレバノン攻撃し放題)
ヒズボラはレバノン社会に深く根ざしているので根絶できない、というのは事実だ。
ハマスがガザ社会に深く根ざしているのと同じだ。
しかし、ヒズボラの兵器や人材など軍事資産を破壊し続ければ、根絶しなくても長期に弱体化する。
ナスララの絶大なカリスマ性を代替できるヒズボラ幹部はいない。
次の指導者がカリスマになるには時間がかかる。
(Iran more vulnerable than ever to Israel attack)
イスラエルは、7月にハマスのハニヤを殺した時も、テヘランでハニヤがどこに滞在しているか知っているぞと諜報力の高さを示してイランに警告する目的があった。
イスラエルは、シリアやイエメンでも、イラン系の勢力が構築した軍事拠点を空爆し、諜報力の高さをイランに示している。
これらを受けてイランは、イスラエルと本格戦争しない姿勢になっている。
イスラエルは諜報力の高さを誇示しつつ、ヒズボラをガンガン潰している。
イランが手を出すと、イスラエルはイラン本土を攻撃してくる。
イランは、イスラエルと果たし合いの戦争をしたくないので、最低限の沽券維持のミサイル攻撃だけしつつ、最愛のヒズボラが潰されていくのを黙認している。
イランは、ヒズボラの破壊を黙認せざるを得ないぐらいだから、シーア派でないハマスをイスラエルが潰す(ふりをしてパレスチナを抹消する)ガザの戦争を黙認し続ける。
中東で最も果敢に米イスラエルと対峙してきたイランがこんな感じだから、ずっと米傀儡でやってきたアラブ諸国や、口だけポピュリストのエルドアンのトルコなどは、もっと黙認だ。
(こっそりイスラエルを助けるアラブやトルコ)
イスラエルは、米覇権が残っているうちに、パレスチナを抹消して独立戦争を完結し、イスラエルを軍事攻撃してくる中東のすべての勢力(すべてイランの傘下)を攻撃して弱体化させたい。
それが、ネタニヤフが今やっている「7正面戦争」の意図だ。
この戦争を完遂した後も、イスラエルは敵性諸国が軍事復活しないよう監視し続けねばならない。
だが、強硬姿勢を保ったまま和解していくことはできる。
追い出したハマスがヨルダンを乗っ取ってパレスチナを名乗ったら、イスラエルは東エルサレムへの通路を譲歩しつつ、MbSのサウジと和解できる。
ロシア政府は、ガザやレバノンでの戦争を批判しつつ、イスラエルの安全を守ると宣言している。
米覇権が衰退して世界が多極型に転換したら、ロシアや中国がイスラエルの存在を肯定してくれる。
(Netanyahu's 'War On Seven Fronts': Expanded Attacks On Yemen, Syria, Central Beirut)
イスラエルは、イランとの戦争を誘発し、米軍がイスラエルを守るために中東に永久駐留する状態を作ろうとしている、という説がある。
一見なるほどだ。
だが歴史を見ると、米軍の中東駐留はイスラエルのためになったことがない。
イスラエルはかつて、レバノン内戦に米国を引っ張り込み、米軍がイスラエルのためにレバノンに駐留する状態を作った。
だが米国は愚策を連発してレバノン内戦を悪化させ、米イスラエルがレバノンから敗退せざるを得ない事態にした。
911後、米軍はイスラエルの敵を倒すと言ってイラクに侵攻してサダム・フセインを潰した。
だがその後の占領は自滅的に泥沼化し、イラクは同じシーア派の反米なイランの傘下に入る傾向を強めた。
米軍はイスラエルにとって役立たずで有害だ。
米国の兵器や資金はイスラエルに必要だが、米軍は要らない。
今回イスラエルは、米国に諮らずに戦争遂行している。
ナスララ殺害時は、決行の数分前に米国防相に電話して通報し、数分では対応できないと激怒された。
イスラエルは米軍を馬鹿にしている。
イスラエル(や他の同盟諸国)は、米国に頼らず独自の諜報力を磨いて使った方がうまくいく(諜報力ゼロの日本でさえ)。
(Pentagon Chief 'Blew Up' as Israel Shortly Notified US of Strike on Nasrallah - Reports)