インドの現状について簡潔に詳しくまとめられた論稿をご紹介する
http://suinikki.blog.jp/archives/88575915.html
BRICS、グローバル・サウス、西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)の一角を占める新興大国インドについては、最近、「2025年には、名目GDPで日本を抜いて世界第4位になる」という報道がなされた。
インドについては、旅行記などで、大変に貧しい人たちが多くいる、衛生状態が良くない、とにかく人口が多い(約14億2000万人で中国を僅差で抜いて世界第1位)などの印象があり、インドの経済大国化は信じられないという人も多いと思う。
「何で儲かっているのか?」と不思議に思う人も多いと思う(私もその1人)。
なんでも、IT(インド人の数学の強さと関連して)、製造業(タタ・グループの自動車産業や製鉄など)、農業が主要産業であり、世界最大の人口を誇るので、巨大な国内市場がある。
インドのGDP成長率は、新型コロナウイルス感染拡大前は、安定して5%前後を推移してきたがその後急落したが、現在は持ち直している。
インドの人口ピラミッドは釣り鐘型であり、若い人たちが多く、これが「人口ボーナス」となり、これから国内市場の消費はどんどん伸びていく。
インドのナレンドラ・モディ首相は高い支持率を誇る。
経済成長を実現し、人々の生活を改善し(トイレの建設に力を注いできた)、インド国内のナショナリズムを高揚させてきた。
一方で、人口の大部分を占めるヒンドゥー教徒優先の政策を実施し、マイノリティのイスラム教徒(それでも2億人もいる)への憎悪が増大しているという面もある。
インドは独立以降は、世俗国歌として、宗教は政治の中心から排除されてきたが、ヒンドゥー教徒中心になりつつある。
それに対して懸念する声もある。
また、インド国内の「南北問題」、貧しい北部と豊かな南部という分裂も存在する。
現在のモディ首相を支える与党は、インド国民党(BJP)であり、その基盤はヒンドゥー教至上主義の民族義勇団(RSS)だ。
彼らがよりナショナリズムを高揚させていくと、外交政策にも影響を与えかねないが、中国との関係が平穏であることは大きい。
インドにとって重要なのは中国、そしてロシアとの距離感である。
西側諸国(ザ・ウエスト、the West)とも良好な関係を維持しながら、西側以外の国々の中で存在感を増していくということになるだろう。
アメリカとしては、地理的な位置関係も含めて、インドと中国の接近は防ぎたいところだが、インドはアメリカの意図を見透かして、自国の利益になるような行動を選択的に取っている。
インドについてはこれからも注視していかねばならない。
(貼り付けはじめ)
インドについての新しい国家像に関する思想(The New Idea of India)
-ナレンドラ・モディの統治は、リベラルではないが、より確固とした国家を生み出しつつある。
ラヴィ・アグロウアル筆 2024年4月8日 『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/04/08/india-modi-bjp-elections/?tpcc=recirc_latest062921
4月中旬から6月上旬にかけて、数週間にわたり、世界最大の選挙が行われる。
人口14億人のうち9億6000万人以上のインド国民がインド連邦議会選挙の投票権を持ち、世論調査ではナレンドラ・モディ首相と彼の率いるインド人民党(Indian People's Party、Bharatiya Janata Party、BJP)が3期連続で政権に就くことが強く示唆されている。
モディはおそらく世界で最も人気のある指導者だろう。
最近のモーニング・コンサルタント社による最近の世論調査では、インド人の78%が彼の指導力を支持している。
(次に支持率の高いメキシコ、アルゼンチン、スイスの指導者の支持率の数字は、それぞれ63%、62%、56%である)。
モディが賞賛される理由を理解するのは難しくない。
彼はカリスマ的指導者であり、ヒンディー語の巧みな演説家であり、勤勉で国の成功に尽力していると広く認識されている。
彼は縁故主義(nepotism)や汚職(corruption)に手を染める可能性がほぼないとみなされているが、これは彼が73歳の男性で、パートナーも子供もいないことに起因することが多い。
モディには真のライヴァルはほとんどいない。
彼の党内での権力は絶対的であり、対立候補は分裂し、弱く、家柄だけは立派な王朝的と言えるものだ。
G20を主催する機会を最大限に活かし、注目を集める海外訪問を行うことで、モディは世界の舞台でインドの存在感を高めた。それに伴って、モディ自身の人気も高めることに成功した。
ニューデリーは外交政策でも自己主張を強め、イデオロギーや道徳よりも自己利益を優先している。
これが国内向けに大きなアピールとなっている。
モディの成功は彼を非難する人々を混乱させる。
結局のところ、彼は権威主義的な傾向をより強めている。
モディは記者会見にほとんど出席せず、難しい質問をする数少ないジャーナリストたちとのインタヴューにも応じず、議会での議論もほとんど避けてきた。
モディは権力を集権化し、カルト的な人格を構築する一方で、インドの連邦制(federalism)を弱体化させている。
彼の指導の下、インドの多数派であるヒンドゥー教徒が支配的になった。
このような1つの宗教の優位は、少数派に害を及ぼし、世俗主義(secularism)への国の関与に疑問を投げかけるなど、醜い影響をもたらす可能性がある。
報道の自由や独立した司法など、民主政治対英の重要な柱は傷つけられている。
しかし、モディは民主的に勝利した。
政治学者のスニル・キルナニは、1997年に出版した著書『インドの思想(The Idea of India)』の中で、当時、建国以来50年の歴史を持つインドを形作ったのは、文化や宗教よりもむしろ民主政治体制であると主張した。
キルナニによれば、この思想の第一の体現者はインドの初代首相であり、ケンブリッジ大学出身のジャワハルラール・ネルーである。
ネルーは、イスラム教徒の祖国として明確に形成されたパキスタンとは対照的な、リベラルで世俗的な国というヴィジョンに確信を持っていた。
モディは多くの点でネルーとは正反対である。
下層カーストの中流以下の家庭に生まれたモディ首相は、ヒンドゥー教徒のコミュニティ・オーガナイザーとして国内を何年も旅し、一般庶民の家に寝泊まりして、彼らの不満や願望への理解を深めることから、政治に関する教育を受けた。
モディのインド思想は、選挙民主政治体制と福祉優先主義(welfarism)を前提としながらも、ネルーのそれとは大きく異なっている。
文化や宗教を国家の中心に据え、ヒンドゥー教を通じて国家・国民であることの意識を定義し、個人の権利や市民的自由を縮小することを意味するとしても、強力な最高責任者がリベラルな指導者よりも望ましいと考えている。
この全くの別の選択肢のヴィジョン、すなわち非自由主義的民主政治体制(illiberal democracy)は、モディと彼の率いるインド人民党にとって、自分たちにより大きな勝利をもたらす提案となっている。
ヒンドゥー教徒はインドの人口の80%を占める。インド人民党は、彼らが自分たちの宗教や文化に誇りを感じるように仕向けることで、このインド国民の大多数の支持を追求している。
(略)
モディは2014年以来、インド人民党にとっての主要な顔であるが、党自体は1980年から現在の形で存在している。
(モディの真のイデオロギー的ルーツである民族義勇団はさらに古い。来年には創立100周年を迎える)。
インド人民党のヴィジョン、つまりインドについての考え方は、新しいものでもなければ、隠されているものでもない。
それは選挙マニフェストに明確に記載されており、モディのセールスマンシップと相まって、投票箱の中でますます成功を収めている。
(略)
インド人民党の政治プロジェクトの成功は、インドがどのような国になりつつあるのかをより明確に示している。
インドの人口の半分近くは25歳以下である。
こうした若いインド人の多くは、新しい文化的、社会的な国家像を主張しようとしている。
非自由主義的で、ヒンディー語が支配的で、ヒンドゥー教を第一とする国家が出現しつつあり、それはネルーを含む他のインドの考え方に挑戦している。
このことは、国内政策と外交政策の双方に重大な影響を与える。
インドのパートナーやライヴァルとなるべき国々がこのことに早く気づけば、ニューデリーの世界的影響力の増大にうまく対処できるようになるだろう。
(略)
市民たちが世俗主義や自由主義の理想だけでは生きていけないように、ナショナリズムや多数民族決定優先決主義も同じだ。
最終的には、国家が成果を出さなければならない。
この点で、モディの記録は複雑だ。
モディは日本をモデルとしている。
文化的な意味での西洋ではなく、工業的な意味での近代的なモデルとして見ている。
彼はヒンドゥー教復興主義(Hindu revivalism)と工業化(industrialization)を混合させたイデオロギー的プロジェクトを実現した。
インドはモディ首相の下、国家建設(state-building)という巨大な国家プロジェクトに取り組んでいる。
2014年以降、交通インフラへの支出は対GDP比で3倍以上に増加している。
インドは現在、年間6000マイル以上の高速道路を建設しており、2014年以降、農村部の道路網の距離は倍増している。
2022年、ニューデリーは活況を呈している航空市場を利用し、経営難に陥っていた国営航空会社エア・インディアを民営化した。
インドには現在、10年前の2倍の空港があり、国内線の利用客は2億人を超えて、2倍以上に増えている。
中間層の消費支出も増えている。
都市部における一人当たりの消費支出は、過去10年間で月平均146%増加した。
一方、インドは悪名高い官僚主義的なハードルを取り払い、産業界にとって使いやすい国になりつつある。
世界銀行が毎年発表している、「ドゥーイング・ビジネス・レポート」によると、インドは2014年の134位から2020年には63位に上昇している。
投資家たちは強気のようだ。
インドの主要株価指数であるBSE Sensexは、過去10年間で250%上昇した。
強権的な実力者という存在は、通常、女性よりも男性の間で人気がある。
したがって、インド人民党が2019年の国政選挙で記録的な女性票を獲得し、有権者の参加と女性の投票が増加し続けているため、2024年にも再び女性票を獲得すると予測されているのは奇妙な矛盾である。
モディ首相は、家庭生活を楽にするサーヴィスを巧みに展開することで女性有権者をターゲットにしてきた。
例えば、地方での水道へのアクセス率は、2019年のわずか16.8%から75%以上に上昇した。
モディ首相は、1億1千万個以上のトイレを建設するキャンペーンの後、2019年にインドでは屋外排泄(open defecation)が根絶されたと宣言した。
また、国際エネルギー機関(International Energy Agency)によると、インドの送電線の45%が過去10年間に設置されたということだ。
(略)
朗報に飢えた国民を抱えるインドは今、最高の外交政策取引を利用しようとしている。
移り変わる世界秩序の中で、方法はいくらでもある。
アメリカの力は相対的に低下し、中国は台頭し、いわゆるミドルパワー諸国(middle powers)と呼ばれる国々がその地位を高めようとしている。
モディは、より力強く、たくましく、誇り高き国家像を打ち出しており、インド人はその自画像に夢中になっている。
昨年(2023年)9月、カナダのジャスティン・トルドー首相が、ブリティッシュコロンビア州でインド政府の諜報員がシーク教徒のコミュニティリーダーの殺害を画策したという「信頼できる疑惑(credible allegations)」をオタワが調査中であると発表した。
ニューデリーはトルドーの告発を「馬鹿げている(absurd)」と真っ向から否定した。
殺害されたハルディープ・シン・ニジャールは、彼の出身地であるインド北西部のパンジャーブ州を領土とする、カリスタン(Khalistan)と呼ばれる国家の樹立を目指していた。
2020年、ニューデリーはニジャールをテロリストと宣告した。
トルドー首相がカナダ国内で起きた殺人事件を公にインドを非難することは、モディにとって大恥をかくことになりかねなかった。
しかしながら、この事件はモディの支持者を活気づかせた。
国民的なムードは、ニューデリーはやっていないという、政府の公式見解に同意しているように見えたが、そこには重要な背景があった。
それは、「もしやったのなら、正しいことをしたのだ」ということだ。
シタパティは、「それは、『私たちはやっとここまで来た。これで白人と対等に話ができる』という考えだ」。
作家で国会議員のシャシ・タローが指摘したように、「略奪(loot)」という言葉さえヒンディー語から盗用されたものなのだ。
インド人民党の国家建設プロジェクトは、ヒンドゥー教徒を何世紀にもわたる、過ちの犠牲者でありながら、いまや真の地位を主張するために目覚めた者として描くことで、しばしば自尊心を取り戻そうとしている。
だからこそ、2024年1月22日のラム寺院の開院式は、ヒンドゥー教徒の間に、かつて自分たちが享受していた優位性を正当に主張しているという感覚を蘇らせることになった。
(略)
また、ウクライナ侵攻後にロシアへの制裁を求める西側諸国を嘲笑っている、モスクワに対するニューデリーの姿勢も人気がある。
2022年以前、ロシアがインドに輸出していた原油は全体の1%にも満たなかったが、現在は半分以上をインドに供給している。
中国とインドは合わせてロシアの海上輸出原油の80%を購入しており、西側諸国が課した価格制限のために、市場価格よりも安い価格で購入している。
インド人もグローバル・サウスの多くの人々と同様、西側諸国が世界情勢に二重基準(double standards)を適用していると広く認識するようになったこともあり、道徳に対する配慮はほとんどない。
その結果、道徳的な基準がないのだ。
インドにとって、有利な石油取引はまさにそれである。
インドとロシアは歴史的な友好関係を共有しており、双方はその継続を望んでいる。
ニューデリーが外交政策で自己主張を強めているのは、他国からより必要とされているという認識からきている。
同盟諸国はこの新たな動きを認識しているようだ。
アメリカにとっては、台湾海峡における中国との潜在的な争いでインドが助けに来なかったとしても、ニューデリーが北京に接近するのを防ぐだけでも、地政学的な勝利となり、他の意見の相違を覆すことになる。
他国にとっては、成長するインド市場へのアクセスが最も重要である。
インド人民党がイスラム教徒を敵視しているにもかかわらず、モディはペルシャ湾諸国を訪問するとレッドカーペットを敷かれての式典が行われる歓迎(red-carpet welcome)を受ける。
インドが自国の戦略的利益を把握し、その選択を明確にすることに自信を持っていることは、自国をどう見るかという広範な変化と一体のものである。
モディとインド人民党は、西洋式のリベラリズムを犠牲にして自国の利益を追求することを美徳とするインドの国家像を推進することに成功している。
若者の経済的願望と、相互の結びつきが強まる世界におけるアイデンティティへの欲求に訴えることで、インド人民党は一世代前には想像もできなかったような宗教的・文化的アジェンダを推進する余地を見出した。
このヴィジョンは純粋なトップダウンではありえない。
将来的には、インドをめぐる様々な構想が更に競われることになるだろう。
しかし、モディのインド人民党が投票箱で勝ち続ければ、歴史はこの国のリベラル(「自由な」「自由主義の」「自由主義者」)な実験が中断されただけでなく、異常であったことを示すかもしれない。
繁栄するインド、しない日本
アメリカに服従することを拒否すると政治的抹殺される 2 ~「アル・カイダ」の始まり~