対米離反と対露接近を加速するイスラエル
https://tanakanews.com/230108israel.htm
イスラエルのネタニヤフ新政権が、米国からの離反とロシアへの接近を加速する外交姿勢をとっている。
ネタニヤフは昨年11月の選挙に勝って1年半ぶりに政権に返り咲いた。
年末に組閣して新政権が発足した直後の1月4日、新任のコーヘン外相がロシアのラブロフ外相と電話会談した。
イスラエルとロシアの外相が話し合ったのは、昨年2月のウクライナ開戦後初めてのことだった。
昨秋のイスラエル選挙直後の11月中旬には、国連のロシア制裁決議案の票決で、イスラエルは米国側諸国の中で唯一、棄権した。
イスラエルは、その前からロシアと親しくしていたが、ウクライナ開戦後はウクライナを支持・支援する姿勢も見せていた。
イスラエルはネタニヤフ新政権になって、それまでの中立姿勢を捨て、ウクライナや米国との関係が疎遠になっても構わずにロシア寄りの姿勢を強めている。
コーヘン外相は1月3日には外相就任時の省内向け演説で、イスラエル政府は今後ウクライナ戦争について以前より何も語らない傾向を強めると表明している。
コーヘンは、ウクライナに対する人道支援は今後も積極的に続けるとも表明したが、これは裏を返すと、ウクライナに対する軍事支援はもうやらない・減らすという意味だ。
イスラエルは独自開発した迎撃ミサイルシステム「アイアンドーム」を持っている。
ウクライナは以前から、対露戦争用にそれを一揃え譲ってくれとイスラエルに求めたが、色よい返事をもらえていない。
ネタニヤフ新政権は、前政権よりさらに、アイアンドームをウクライナに渡さない姿勢を強めている。
12月30日には、首相に就任した直後のネタニヤフに対してゼレンスキーが電話をかけ、アイアンドームを譲ってくれと頼んだが断られた。
その報復にウクライナは、同日に国連総会で票決・可決されたパレスチナ問題のイスラエル非難決議に賛成票を投じた。
ネタニヤフは1月4日、今後は国際社会からの圧力に従うことよりもイスラエルの国益を優先する外交政策をとる、と表明した。
その意味するところは「パレスチナ問題で欧米から批判されても無視して、イスラエルの国益のためにパレスチナに対する弾圧を続ける」という話のほかに「欧米からロシアを敵視しろと加圧されても拒否し、イスラエルはロシアと仲良くする。ロシアは、イスラエルの安全にとって重要なシリアの制空権を握っているから」という話でもある。
ネタニヤフは就任早々、イスラエル軍にシリアのダマスカス空港を空爆させている。
シリアの空港などには、イスラエルの仇敵であるイランの民兵団が拠点を作って軍事物資を置いている。
イランは、シリア内戦でずっとアサド政権を支援し、シーア派の民兵団をシリアに派兵してシリア政府軍を助けてきた。
イランはアサド政権を守るためだけでなく、イスラエルと隣接するシリアに派兵することで、シリアからイスラエルを攻撃することも試みている。
これはイスラエルにとって大きな脅威なので、イスラエル軍はシリア国内のイラン民兵団の拠点を探して空爆する先制攻撃をやり続けてきた。
シリアの制空権はロシア軍が握っており、イスラエルはロシアの黙認を得ない限りシリアを空爆し続けられない。
ロシアがその気になれば、シリア領空内に飛んできたイスラエルの爆撃機やミサイルを迎撃できる。
だが、ロシアはそれをやっていない。
ロシアは、イスラエルのシリア空爆を黙認することで、イスラエルが親露的な姿勢を強めるように仕向けている。
シリア内戦は、米国がシリア国内のイスラム過激派(アルカイダIS同胞団)を軍事支援してけしかけてアサド政権を転覆しようとして2011年に始まったが、アサドを転覆するとシリアは永久に混乱した(リビアやアフガニスタンのような)失敗国家になってしまうので、混乱拡大を嫌った米オバマ政権が2015年、アサドへの軍事的なテコ入れをロシアに任せ、米国側(ISカイダ)の敗北を容認した(それ以前からイランはアサドを軍事支援していた)。
それ以来、シリアはロシアとイランの協力を得たアサド政権が内戦を平定していき、今ではアラブ諸国や国際社会がいつアサドを正当なシリアの政権として認めるかという外交的な時間の問題になっている(この状態がかなり長引いている)。
以前は米国の下請けとしてアサドを敵視し、ISカイダを支援していたエルドアンのトルコも、今ではアサドの勝利を認めざるを得なくなり、先日はロシアの仲裁で、トルコとシリアの国防相どうしがモスクワで会談するところまできた。
ロシアは、今年中にエルドアンとアサドの首脳会談をやろうとしている。
わずかに残っている米軍のシリア撤退も時間の問題だ。
アサド政権を支えるロシアの中東覇権は強まる一方だ。
アラブ諸国やトルコがアサドと仲直りすると、イスラエルはアサドを敵視できなくなる。
イランとの敵対も緩和せざるを得なくなる。
その前にシリア国内のイラン民兵団の拠点をできるだけ空爆しておきたいイスラエルは、ロシアと良い関係を崩さないことが重要な国益になっている。
中東ではロシアとともに中国の覇権も拡大している。
12月に習近平がサウジアラビアを訪問してペトロダラーからペトロ元への転換を呼びかけたのが象徴だ。
ウクライナ開戦後、中国とロシアは結束を強め、非米側の中心になっている。
サウジやトルコ、インドなども非米側に入る傾向だし、イランも中露に支えられている。
露中など非米側の中東覇権が拡大するほど、米国の覇権が小さくなる。
イスラエルはかつて米国の覇権運営を牛耳って自国の強さにしていたが、米国の覇権低下とともに、その策略は意味がなくなっている。
米国でなく露中との関係を親密にしないと、もうイスラエルを守れない。
米国とイスラエルの関係は、オバマの時に悪化し、トランプの時に親密になったが、バイデンになって再び疎遠になった。
バイデン政権はイスラエルの西岸占領を非難し、西岸に東エルサレムを首都とするパレスチナ国家を作る「2国式」にこだわっている(トランプは逆にパレスチナ問題の矮小化と、2国式の換骨奪胎につとめ、イスラエルを喜ばせた)。
新任のネタニヤフ政権は、過激なユダヤ教右派の2つの政党との連立で、イスラエル史上最も極右な政権と言われている。
ネタニヤフは連立政権を作るに際し、ユダヤ教右派を取り込むために、右派2党の党首を国家安全保障や西岸運営の担当閣僚に据え、右派が西岸に入植地をすきなだけ増設できる状況を作った。
これに対し、バイデン政権の米国からは批判の声が出続けている。
米国からの批判や2国式の強要に対し、ネタニヤフらイスラエルの右派は「外国人は余計なことを言わないでくれ」という態度をとっている。
ネタニヤフの連立政権の中には、同性愛や性転換を敵視する宗教政党も入っており、同性愛や性転換が好きな米国の民主党勢力との対立が強まる要素になっている(プーチンのロシアは、同性愛や性転換に批判的で、その点でイスラエル右派と気が合う)。
米国の覇権が今後も強いなら、ネタニヤフは米国に対してここまで強い態度をとらないだろう。
米国の覇権が今後、中東でも経済でも不可逆的に弱まっていくと予測されるので、イスラエルは米国からの離反を強めている。
パレスチナ問題はイスラエルにとって、米国だけでなくアラブやイスラム世界との関係改善の際にも大きな問題になってきた。
だが最近は、サウジなどアラブ諸国が、パレスチナ問題の完璧な(2国式)解決をイスラエルとの和解に不可欠な条件にしない傾向になっている。
米国のトランプ前大統領はイスラエルとアラブ諸国を和解させる「アブラハム協定」を提案し、これに沿って2020年にUAEやバーレーンなどがイスラエルと国交正常化した。
アラブとイスラムの盟主であるサウジは、パレスチナ問題の未解決を理由に、アブラハム協定の話に乗ってイスラエル側と接触しつつも合意していない。
だが、最近のサウジは態度を緩めている。
イスラエルのメディアによると、サウジ王政は米政府との話し合いの中で、パレスチナ問題と無関係な3つの要求を米国が呑んだら、アブラハム協定をイスラエルと結んで国交正常化しても良いと言ったという。
3つの要求とは、
1.米サウジ同盟の公式化。
2.NATO諸国と同量の兵器を米国から輸入できるようにすること。
3.サウジが民生用原発を作ることを米国が了承すること、
だという。
サウジとの和解をめぐってイスラエルのメディアはガセネタを流すことで有名なので、この話は怪しい感じもする。
だがその一方で、ネタニヤフと連立政権を組んでいるイスラエルの極右勢力は、サウジとイスラエルが和解・国交正常化することに賛成している。
なぜなら、サウジがイスラエルと和解するなら、それはサウジがパレスチナ問題の2国式解決を放棄する(またはトランプ式の換骨奪胎を容認する)ことであり、イスラエルの極右がこれまで西岸のパレスチナ人の土地を奪って作った広大な入植地が国際的にイスラエルの一部として認められる(代わりに同じ広さの砂漠の荒れ地をパレスチナ人に与える)ことを意味するからだ。
これはイスラエル右派の勝利を意味する。
その実現のためにも、イスラエルは多極化とともに頼る先を米国から露中に替えて、国際政治力を維持する必要がある。
完璧な2国式でパレスチナ問題を解決しようとすると、イスラエルに入植地を放棄させて土地をパレスチナ人に返還するやり方が必要だ。
今後の中東和平の仲裁者(=中東の覇権国)が米国なのか露中なのかに関わらず、完璧な2国式を実現するのはほぼ不可能だ。
可能だとしても、途方もない年月がかかる。
すでにパレスチナ問題は80年間続いており、米国が中東和平を仲裁してからでも30年経っている。
年月をかけても解決しない。
これまでの覇権国である米英は、もともとパレスチナ問題を作った勢力だ(戦前の英国の二枚舌外交)。
歴史的な責任を負わされ、最初からの話にこだわらざるを得ない。
それに比べると、今後の中東覇権国である露中は、もともと中東を支配しておらず「米英が崩壊するので覇権を引き継いただけ」なので、引き継いだ時点での状況に立脚して現実的に問題を解決できる。
習近平は12月のサウジ訪問時、2国式のパレスチナ問題の解決を支持すると表明した。
米英と同様、中国も2国式に拘泥して泥沼にはまるのか??。
多分違う。
「2国式」は建前としての合言葉だ。
中共の姿勢は「アラブ諸国が2国式の解決を望むなら、それを支持する」だ。
トランプ・オルメルト案など、完璧から遠い「なんちゃって2国式」で解決をはかるのが、中国にとっても現実的だ。
サウジもイスラエルも中露もトランプも、2国式は「なんちゃって」の方が好みだ。
完璧な2国式に拘泥する感じを演出してイスラエルに圧力をかけているのは民主党の米国だけだ。
左傾化した米民主党は、米諜報界(隠れ多極派)に牛耳られ、非現実的でイスラエルを苛立たせるだけの2国式の加圧を続け、イスラエルを米国から離反させてロシア非米側に押しやる動きにうっかり拍車をかけている。
極右たちの連立であるネタニヤフ政権は、イスラエルを、オルバンのハンガリーみたいな右派ポピュリズムの国にしていくと予測されている。
オルバンのハンガリーは、エリート覇権主義の米英EUから敵視され、プーチンのロシアや、右派ポピュリズムのトランプの米共和党と相性が良い。
エリート覇権主義の米英EUは、ウクライナ戦争やコロナ愚策やインチキ温暖化対策で自滅していく。
極右連立は、多極化に呼応したイスラエルの生き残り戦略なのかもしれない。
イスラエルの対米離反・対露接近は、ドルの基軸性を含む米国の覇権低下が決定的であることを示している。
金融筋のプロパガンダを軽信して「ドルや米国中心の債券金融システムは今後もずっと強い」と思っている人がけっこういて、そういう人々から私の分析に対する「違和感表明」のメールがときどき届く。
だが、国際金融やマスコミ(情報操作力)を握るユダヤ人たちが作った国であるイスラエルが、国家存続のために米国との親密性を放棄して露中にすり寄っている。
それを見ると、もうドルや米覇権が再び隆々と世界を席巻することはなく、米覇権がまだまだ強そうに見えるのは作られた幻影なのだと感じられる。