・主権なき「平和」の脆弱さ 日本への教訓とは
今「ロシアの脅威」といわれるが、日本はウクライナどころではない。
ウクライナにとっての脅威はロシア一国だが、日本にはロシア、中国、北朝鮮まである。
われわれの方がはるかに脆弱だ。
案の定、岸田政権はNATOに加盟するといい始めている。
だが実はもう10年来、日本はすでに準NATOメンバーであり、一緒に合同軍事訓練をやっているし、自衛隊の銃弾はNATO仕様だ。
いつでも一緒に戦争ができる。
今に始まったことではない。
そこで考えてほしい。
NATOに加わるというのはどういうことか?
それはとりもなおさず「NATO地位協定」に入ることだ。
地位協定とは、平たくいえば、駐留軍と現地政府の「主権」の関係を示すものだ。
たとえば日本の終戦直後(占領期)を思い起こしてほしい。
駐留軍の法がすべてであり、日本の法はない。
憲法さえできていない。
駐留軍の頂点にいるのがマッカーサー元帥であり、どんな事件・事故が起きても駐留軍の法がそれを裁く。
だが、時間が経ち、戦時から準戦時、平和時へと移行するに従って、現地法が整備され、そのプレゼンスが大きくなり、駐留軍の法と競合し始める。
発生する事件のうち、駐留軍の法で裁くものと、現地法で裁くものを区別しなければならない。
それを取り決めるのが地位協定の役割だ。
駐留軍の法と現地法の関係は、時間とともに変わる。
つまり変化しない地位協定はこの世に存在しない。
一つの例外を除いて。
駐留軍を置くということは、われわれのような現地国からすれば「主権の放棄」だ。
武力で占領されたとはいえ、主権意識が芽生えてくれば、主権をとり戻そうという話になる。
本当はそのように考えなければいけない。
主権を放棄し、その運用にも口を出さない、出せないという状態が常態化してしまった国は、自国民を戦争やテロに巻き込む危険性を増大させるだけでなく、他国の主権を侵害することにも無頓着になってしまう。
主権とは、大きく分ければ「裁判権」、「環境権」、「空域、海域、基地の管理権」だ。
基地は誰のものか?
われわれのものであるなら家賃くらい払えという話になる。
重火器や戦車、戦闘機まで扱う軍隊の事故は、民間の事故とはワケが違う。
さらに軍隊はいろんなものを垂れ流す。
それをどちらの環境基準で規制するのかを決めなければならない。
戦時から平和時へ移行するとともに、主権が育ち、駐留軍の自由度は低下していくのが当たり前だ。
アメリカが締結する地位協定は世界に120あるが、すべて時間とともに変化している。
一つの例外を除いて。
その「唯一の例外」である日米地位協定については、僕とジャーナリスト・布施祐仁氏の共著『主権なき平和国家――地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社)が文庫本になっているのでぜひ読んでもらいたい。
僕は、翁長知事の時代から沖縄県知事室の若い官僚たちをサポートしてきたが、沖縄県のホームページ上には、地位協定を国際比較した「地位協定ポータルサイト」が立ち上がっている。
彼らは東京の我が家にまでアドバイスを聞きに来て、実際にアメリカと地位協定を結んでいる国にまで飛び、日本政府(大使館)に妨害を受けながらも、現地でいろんな識者と対話し、地位協定の実態を調べ、それを学術的価値のある資料にまで高めて保存している。
ぜひ見てほしい。
アメリカが結ぶ120の地位協定は、いろんな状況に応じたものがあるが、代表的なものを挙げる。
イラクやアフガンのように米軍が実際に戦争をやっている国では「戦時の地位協定」。
戦争はやっていないが米軍が駐留しているNATO諸国、日本と同じ敗戦国のドイツ、イタリア、そしてフィリピンなどでは「平和時の地位協定」。
それらの中間として「準戦時の地位協定」があり、典型的なのは朝鮮戦争が休戦中の韓国だ。
日本は典型的な「平和時の地位協定」だ。
これらを比較すると、とんでもないことがわかる。
先述の「裁判権」「環境権」「管理権」の主権度を調査すると、日本と韓国だけがおかしい。
ちなみに韓国は、時間とともに改定しているが、日本は一度もしていない。
また韓国では、韓国軍と在韓米軍の力関係において、軍事指揮権をアメリカから自国にとり返すことが歴代大統領の使命のようになっている。
すでに平和時の指揮権はとり戻しており、米軍はそれに従わなければいけない。
そして戦時の指揮権まで米軍からとり戻そうとしている。
日本でそんな議論を聞いたことがあるだろうか?
要求すらしていない。
だから韓国と日米地位協定を一緒にすることもできない。
NATOにおける地位協定の基本は「互恵性」だ。
互恵性とは、お互い同じ権利を相互に獲得すること。
駐留軍を「送る国」とそれを「受け入れる国」の立場は対等という前提がある。
たとえばドイツが米軍に与えた権利は、逆にドイツ軍もアメリカ本国で同じ権利を得られる。
つまり、アメリカが本国でドイツにやらせたくないことは、アメリカもドイツ国内ではできない。
これを「自由なき駐留」という。
この「互恵性」の考え方は、アメリカが結ぶ地位協定でも世界標準になっており、2国間協定であるフィリピンとの地位協定でも貫かれている。
イラクやアフガンは「準互恵性」だ。
それでも、アメリカとアフガンの地位協定は、もし米兵がアフガン国内で事故を起こすと本国に送還されて軍法会議にかけられるが、それが正当に裁かれるかがわからないため、その軍法会議にアフガンの代表者が立ち会う権利を認めている。
透明性を確保するための条項だが、日米地位協定にはそんなものすらない。
つまり、日本はアフガン以下だということを認識すべきだ。
さらに、アメリカとイラクの地位協定では、米軍のイラク駐留は認めるが、絶対に他国を攻撃するために基地を使ってはならないと定めている。
あくまでもイラクを守るための駐留であって、他の国を攻撃するための駐留は許さない。
もしこれをアメリカがやれば、敵国は遠いアメリカ本土ではなく、近くのイラクを攻撃するからだ。
だから国防の観点からアメリカの自由を許さない。
単純な話だ。
果たして、日本がNATOの仲間入りができるか?
いわゆる軍事の基本である軍事犯罪に対して、国家として自分自身を裁くという当たり前のことが法体系にない国。
そんな無法国家と法的に対等になるという同盟国がどこにあるのかという話だ。
・米朝開戦すれば 日本は自動的に交戦国に
僕は2017年夏、韓国ソウルで開かれたPACC(太平洋地域陸軍参謀総長等会議)に呼ばれた。
米中央陸軍総司令部(ハワイ)が2年ごとに、同盟国32カ国の陸軍参謀総長だけを集めてやる会議であり、この年の開催地であるソウルに米軍から直々に呼ばれた。
そのとき米軍の案内で、朝鮮戦争の休戦ラインである38度線付近の共同防護地区に赴いた。
そこに立つ石碑には、この共同防護地区に兵を置く国々の名前が刻まれているが、そこに日本はない【写真参照】。
一番重要なことは、この在韓米軍は国連軍だということだ。
だがこの朝鮮国連軍は、現在の国連軍とは違い、参加するのはここに刻まれた17カ国だけだ。
これは1950年に決議されたもので、実態は「休戦監視団」なのだ。
だからこの国連軍は、現在の国連本部(ニューヨーク)には管理できない。
1994年、国連のガリ事務総長は、朝鮮国連軍は「安保理の権限が及ぶ下部組織として発動されたものではない」「朝鮮国連軍の解散は、安保理を含む国連のいかなる組織の責任でもなく、すべてはアメリカ合衆国の一存でおこなわれるべきもの」とする書簡を出している。
なぜなら、ここで彼らが対峙しているのは北朝鮮であり、その背後には中国がいる。
国連常任理事国である中国と国連軍が敵対できるわけがない。
戦後の混乱期にできたものあり、もはや「歴史の遺物」といわれ、国連自身が忘れたい軍事組織になっている。
だが国連軍が死滅化しているのかといえば、そうではない。
数年前、トランプ大統領が「米朝開戦する」とツイッターで発信し、日本では机の下に潜り込む訓練がさかんにおこなわれた。
このとき、オーストラリアの軍用機が、日本政府に通告もせずに嘉手納基地に降り立った。
それを報道したメディアは沖縄2紙だけだ。
その後、横田基地にも同じように日本政府には無通告でアメリカの同盟国の軍隊が入った。
つまり、この指揮系統は、米大統領の発言一つでまだ動くのだ。
アメリカは北朝鮮と中国に対峙するのは、自国ではなく「国連」であるという休戦の構図を維持したいわけだ。
世の中で唯一、この「冷戦期の遺物」である朝鮮国連軍と地位協定を結んでいる変な国がある。
それが日本だ。
先ほどの石碑には日本の国旗はない。
つまり国連軍のなかに日本は入っていないのに、その国連軍と地位協定を結んでいる。
この朝鮮国連軍地位協定は、日米地位協定とほとんど同じだ。
さらに両者は連動しており、横田を中心とする9つの在日米軍基地を、国連軍基地の後方支援基地と定めている。
それでも足りない場合は、在日米軍基地をすべて使えるとまで書いている。
だから日本に無通告でオーストラリア軍が入ってくるのだ。
これはどういうことかといえば、米朝開戦によって、日本は自動的に国際法上の「交戦国」になるということだ。
戦争をするのならば、自分もその意志決定に加わるべきだが、日本だけには決定権がない、入れてもらえないのに地位協定を結んでいる。
戦争が始まってしまうと日本は後方支援国になる。
「後方支援だからいいじゃないか」と思うかもしれないが、国際法には中立法規という原則があり、厳密に守られている。
オトモダチが始めた戦争から中立であるためには条件がある。
簡単にいえば3つ。
「基地をつくらせない」「通過させない」「カネを出さない」だ。
これらを全部やっているのが日本だ。
「お金が無いので増税します」
— やす (@yasuhosei101) December 30, 2022
「他国へ軍事費をプレゼントします」
この2つが同時に主張される摩訶不思議。https://t.co/jXAjTqLWFJ
日本政府が、他国の軍事費への資金提供を行う方針だという。日本国憲法はこんなことを許してはいないはずだ。この10年ほどの自公政権のもとで、憲法はあってなきかの如き存在になっている。日本の立憲主義はもはやボロボロだ。憲法に縛られない政権は独裁同然である。 https://t.co/YgYfpM04HA
— m TAKANO (@mt3678mt) December 30, 2022
敵から見たら日本は国際法上、正当な攻撃目標になる。
自衛隊が撃たなくても、われわれは攻撃目標になるし、それに対して文句をいえない。
互恵性=「自由なき駐留」が世界標準になる。
アメリカ軍がいても自由はない。
日本はどうか?
同じアメリカの同盟国である緩衝国家であっても、韓国にも、ノルウェーにも、アイスランドにも“意志”がある。
緩衝国は、地理的な宿命だから変えられない。
ロシアや中国に「あっちいけ」といえないし、アメリカは1万㌔離れた海の向こうにある。
典型的なアメリカの緩衝国家であっても、普通は意志を持つ。
でも日本にはそれがない。
僕が日本を「緩衝“材”国家」と呼ぶ由縁だ。
・国防のための完全非武装 ノルウェーに学ぶ
最後にノルウェーの話をしたい。
ノルウェーは北極海に面し、北部ではロシアと国境が接している。
そこにあるのがキルケネス市だ。
スウェーデンとフィンランドは中立国だが、ノルウェーは冷戦期においてはNATO加盟国で唯一ロシアと国境を接する国だった。
キルケネスの市役所前広場には、赤軍兵士の勇猛さを讃える碑が立っている。
ノルウェー北部では、とくに年配者世代にとってロシア(ソ連)は「解放者」という側面があるからだ。
ナチスドイツから解放してくれたという歴史的事実だ。
だから国境を挟んで向かい合うロシアのニケル市との友好関係を歴史的に築いてきた。
このような地域を「ボーダーランド」(辺境地)という。
まさに宮古島が日本にとってのボーダーランドだ。
沖縄全体がそうだ。
北海道も対ロシアのボーダーランドだ。
このボーダーランドを武装化して、敵国に対して槍を向けることが果たして国防にとって有意義か否か。
そこが問題だ。
このような国は、アメリカの同盟国でありながら、それをやらない。
いまだにキルケネスでこの銅像がとり壊されたというニュースは確認されていない。
そしてノルウェー軍は、このキルケネス周辺に沖縄のような大規模な常駐はしていない。
ただ、2014年のクリミア併合以後、ロシアに接する国境線で軍事的な睨み合いが強化され、軍事演習などの動きが次第に顕著になっており、その傾向を懸念する学者や専門家、住民たちとの間で盛んに論議がおこなわれている。
僕は、あえて日本は2014年以前のノルウェー外交に学ぶべきだと訴えたい。
今のノルウェーのためにも。
こういうことをいうと「お前は平和ボケだ」といわれるが、そうではない。
国防のためにこそ、日本が緩衝国家であるという事実をちゃんと認め、われわれが生き延びるために、ボーダーランドを非武装化するというのは国防の選択の一つだ。
これは敵国に屈することではない。
ノルウェーは平和と人権を重んじる国であり、ロシアで人権侵害が起きれば真っ先に糾弾する国だ。
でも軍事的には刺激しない。
東西両陣営のはざまにある緩衝国家としてのアイデンティティを確立し、それを内外に誇示することによって国防の要とする。
そういう立ち位置があって当然だ。
このアイデンティティがあるからこそロシアも二国間交渉に応じる。
なぜ日本がそのような国になれないのか。
人権感覚の話をすると、また日本人が頭を抱えたくなるような状況がある。
実は日本は、ジェノサイド条約を批准していない世界でごく少数の国の一つであることをご存じだろうか?
ジェノサイド条約は、その名の通り大量殺戮を防止する重要な条約だ。
北朝鮮、中国、ロシア、ウクライナ、アメリカ……ほとんどの国が批准している。
1世紀前、東京で井戸に毒をもったという根拠のない噂で朝鮮人虐殺事件が起きたが、今同じ事が起きたら、世界はジェノサイドとして日本を断罪するだろう。
当時それを煽った主謀者は誰一人捕まっていない。
日本には、このような扇動をする政治家、違法行為を命じた上官を裁く法がない。
その一連の日本の無法さの象徴が、ジェノサイド条約を批准さえしていないという現実だ。
だからノルウェーには遠く及ばないが、まず日本が典型的な緩衝国家であることを認め、そのなかで、国防の観点からボーダーランドの武装をどう考えるかが重要だ。
それはアメリカ軍だけでなく自国軍(自衛隊)も含めてだ。
大国同士の戦争が始まったら真っ先に戦場になる運命の緩衝国家だからこそ、そのボーダーランドを敢えて完全非武装化し、戦争回避のための信頼醸成の要になることを国防戦略にする道がある。
逆に、今完全にバルト3国のトリップワイヤー化を先んじてやってしまっているのが、ここ(沖縄)だ。
そんなことを主張するお前は何をやっているのか、と思われた方は、ぜひ『非戦の安全保障論』(集英社新書)をお読みいただきたい。
僕を含めた4人の著者は、全員が防衛省関係者だ。
柳澤協二氏は防衛庁時代のトップ、加藤朗氏は防衛研究所の元主任研究官、林吉永氏は元空将補だ。
そして僕は現役だが、陸海空の精鋭だけを教える防衛省統合幕僚学校で15年間教官をし、そこでも今回のような話をしている。
司令官レベルで僕の主張を知らない人間はいない。
こんな話をする「伊勢崎は外せ」と、ネトウヨ的な自民党や維新の政治家から圧力を受けながら、とくに自衛隊制服組の人たちが僕の講座を死守している。
そういう側面も自衛隊にはあるということを頭に入れておいてほしい。
みなさんから見たら僕は「あちら側」の人間だが、それでも現状に対する問題意識をもっている。
ウクライナ戦争に乗じて、さらに軍備増強、日米同盟の強化が唱えられ、もしかしたら北海道にも米軍基地がつくられてしまうかもしれない。
それを何とか止めたい。
そのためには内側からも外側からも運動していくことが必要だと思っている。
今日は、護憲派の批判もしたが、ウクライナ戦争をめぐる動きは、これからもっとひどくなるだろう。
なんとか平常心を保とう。
欧州では、日本以上にロシア排除がものすごい。
研究者の交流すらできない。
世界は分断から分断へと、分断だけが強化され、それでもうけるのは武器産業であり、防衛族であり、そして「いつかきた道」がくり返されるだけだ。
それに抗うために、この問題提起が役立つことを願っている。