中東諸国の米国離れを示す閣僚人事
https://tanakanews.com/160524mideast.htm
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トルコで5月5日「新オスマン主義」を掲げて強気の外交を展開し、独裁的なエルドアン大統領の側近だったアフメト・ダウトオール首相が、エルドアンによって解任された。
5月7日にはサウジで、21年間続投していたアル・ナイミ石油相が解任された。
3カ国の閣僚人事のうち、これまで私が解説してきた流れに最も沿っているのは、サウジのナイミ解任だ。
以前から書いているように、サウジは14年夏から、自国の石油戦略に立ち向かってくる米国のシェール石油産業を潰すため、増産によって原油の国際相場を引き下げている。
昨年正月にサルマン・アブドルアジズが国王に就任し、息子のモハメド・サルマン副皇太子が石油戦略の最高責任者になってから、この傾向に拍車がかかった。
サウジは戦後一貫して、自国が持つ世界最大の産油余力を活用して国際原油相場を動かすことで、米欧や他の産油諸国に恩を売り、国際社会での自国の立場を有利にする石油戦略を続けてきた。
サウジは1960年代から、自国が率いるOPEC(石油輸出国機構)を通じて、この戦略を実現していた。
これまでのOPECの戦略的減産のほとんど全量が、サウジによる減産だった。
70年間サウジの国営石油会社アラムコで働き、80年代からアラムコ社長や石油相をしてきたナイミは、OPECの立役者だった。
以前のサウジなら、これぞ他の産油諸国に恩を売る好機と見て、減産に応じただろう。
ナイミはそれをやりたかったはずだ。
だが、1バレル50ドル以上になると、潰れかけていた米国のシェール石油産業が息を吹き返し、米シェールを潰すモハメド副皇太子らの戦略が失敗する。
ナイミと副皇太子は対立する傾向になった。
4月末のOPECのドーハ会議で、いよいよ国家破綻しようとしているベネズエラなどの断末魔的な減産要請にナイミが応えようとしたところ、副皇太子が妨害する電話を入れてナイミに即時帰国を命じ、OPEC会議を潰すとともに、1週間後にナイミを解任した。
OPECは、サウジが臨機応変に産油量を増減できる自国の能力を国際政治力に転換するための場なのだから、サウジが加盟諸国の強い減産要請を無視し続けると、OPECの求心力は失われる。
サウジの権力者(副皇太子)は、OPECの存続よりも、米シェール産業を潰すことを重視した。
ナイミ解任は、こうした決断の象徴といえる。
米国のシェール産業はしぶとい。
シェール革命は、米金融界の世界戦略の一つだ。
シェールの石油ガスは、既存の石油ガス田よりも開発開始から産出までの期間が1年未満と短く、巨額の投資が必要だが、短期間で生産量を増加できるので、これまでサウジだけが独占していた臨機応変の国際価格調整機能を、米金融界が奪うことができる。
従来の石油と異なり、シェール石油が採れる地域は世界的にかなり広く、業界全体としての枯渇がない。
ゼロ金利と、1バレル50ドル以上が10年も続けば、世界の石油市場の盟主はサウジでなく米国になり、産油諸国の多くがサウジを無視して米国にすり寄り、OPECはすたれる。
サウジの権力者が、OPECの世話を放棄して米金融界との果し合いに注力するのは当然と言える。
サウジが米金融界に勝つには、原油相場の低迷で米シェール産業がたくさん倒産するだけではダメだ。
サウジが勝つには、米国でリーマン危機を再発させることが必要だ。
何度も述べてきたように、リーマン危機の再発は、ドルや米国債の崩壊、米国の覇権衰退を意味する。
親米の、しかも安保面の対米依存が強いサウジが、米国の覇権衰退を目指すはずがない、と思う人がいまだに多いかもしれない。
しかし、サウジの頑固な原油安戦略の目的が米シェール産業潰しにあることは、米国の金融界やエネルギー業界の専門家たちが書いているブログなどで広く認められている。
米金融界ごと潰さないとシェール産業を潰せないというのは私だけの分析だが、原理的に考えて間違いない。
サウジの権力者である副皇太子は最近、サウジ経済を石油依存から急速に脱却させる「ビジョン2030」という国家戦略を発表した。
米欧の多くの筋から「非現実的」とみなされているこの計画は「これから石油に依存しなくなるから、原油安が永久に続いてもかまわない」と、副皇太子自身が豪語できるようにするための目くらまし的な見せ物だ。
内容を真剣にとらえる方が間違っている。
サウジの米国離れに合わせるかのように、米議会ではサウジ政府を911テロ事件の犯人扱いする濡れ衣的な立法が進められている。
米国がサウジやOPECを敵視するほど、サウジの王政内でナイミら従来の親米派が弱くなり、副皇太子ら反米・非米的な勢力の権力が強まる。
米政界のサウジ敵視は隠れ多極主義的だ。
ナイミ石油相の解任は、米国の金融界や石油産業との「果し合い」に注力するという、サウジ権力者の決意表明である。
この動きはおそらく、米国でドナルド・トランプが大統領になりそうなことと連動している。
それは「トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解」の記事の後半に書いた。
同党はイスラエルの極右諸政党の中で唯一、ネタニヤフ政権の連立に入らず、野党の側にいる。
ネタニヤフ自身は、ロシアとの関係を重視し、昨年までリーベルマンを外相や戦略担当相に就けていたが、この間、他の極右勢力は、イスラエル国内で中東和平(2国式)を推進する母体だった外務省を解体することに注力し、イスラエルの外交が機能不全に陥ったため、対露関係の改善も進みにくかった。
だがその後、昨年後半にロシアがシリアに軍事進出して成功し、ロシアがイランを経由してイスラエルの仇敵であるレバノンのヒズボラ(シーア派武装勢力)に言うことを聞かせられるようになり、ロシアと軍事関係を強化することがイスラエルの安全確保に直結するようになった。
リーベルマンの戦略は、親ロシアと中東和平の放棄を抱き合わせにしている。
EUが本気で2国式を推進したいと考える傾向が強いのに対し、米国とイスラエルは、推進するふりをするだけで本気の推進を望まなかった。
だが昨秋の露軍シリア進出以来、中東でのロシアの影響力が急拡大する半面、米国の影響力が急低下した。
ロシアは、米欧とともに中東和平の采配役である「カルテット」に入っているが、ロシアは教条的に人権主義に固執する米欧と異なり、空論的な人権より現実的な安定を重視する。
ロシアの台頭により、2国式の建前を守ることは、イスラエルの安全保持に不可欠でなくなった。
彼らは米政界を牛耳ることが最重要で、そのため建前的に2国式の支持した上で、裏でパレスチナ国家の創設を不可能にする西岸の入植地拡大を手がけてきた。
だが、近年は右派の過激化が進み、2国式重視の建前が外れつつあった。
リーベルマンが防衛相になると、PAを無視したり潰したりする傾向が強まるだろう。
これらの動きを総合して考えると、トランプが米大統領になってパレスチナ国家創設に対する冷淡な態度を強め(トランプのイスラム敵視策を活用)、米国が無関心さを増す中で、イスラエルはリーベルマンの主導でパレスチナ人を弾圧して西岸から追い出す策を強める一方、自国の安全保障は米欧でなくロシアとの関係強化で守っていくというシナリオが見えてくる。
パレスチナ人にとっては、今よりひどい時期が始まる。
米政府はすでに現時点で、自らが中東和平を仲裁することをせず、フランスやエジプトなどに新たな和平の仲裁を任せている。
右傾化するイスラエルは、フランスやエジプトの動きをほとんど無視している。
しかし、これは目くらましだ。
両国は今後、米国離れをしていくと、自国が「中東の国」であることを意識せざるを得なくなり、周辺諸国との関係が重要になる。
各国が協調するほど、中東は安定し、経済成長も戻ってくる。
米国(米英)は、中東を分断と戦争の地域にすることで支配してきた。
長々と書いてしまった。
トルコについては改めて書く。