米国の支配者は民主主義を決して認めない
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202012030000/
アフガニスタンで活動していたオーストラリアの特殊部隊SAS(特殊空挺部隊連隊)の隊員25名以上が現地の市民39名を殺害、その事実が発覚し、同国の国防総省では監察長官による調査が進められてきた。
その結果を11月10日に発表したのだが、それによると殺された人びとは頭部を撃たれたり、目隠しされた上で喉を切られていた。
14歳の少年ふたりも喉を切られていたという。
この少年殺害を再現した画像を中国外交部で報道官を務める趙立堅は11月30日にツイッターへ投稿したところ、オーストラリアのスコット・モリソン首相やニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は報告書に基づく再現画像を使ったとして中国政府をすぐに批判したが、アメリカの国務省も批判の合唱に加わった。
今回、趙立堅が載せた画像はデジタル的に描いたものだろうが、本物の映像だったならば、さらに強く反発したかもしれない。
アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドにカナダとイギリスを加えた5カ国はアングロ・サクソン系。
これらを強く結びつけているのが情報機関のネットワークで、「ファイブ・アイズ」と呼ばれている。
このネットワークと協力関係を結びたいと8月12日に語ったのが河野太郎防衛大臣だ。
今回、中国の批判に反発している3カ国は仲間ということ。
アメリカの情報機関CIAには秘密工作を担当する部門がある。
有り体に言うならば、テロ部門だ。
その部門はアメリカ軍の特殊部隊と組み、世界各地で要人暗殺、アメリカの巨大資本に刃向かう人びとの虐殺、社会基盤の破壊、アメリカの支配層に従わない民主的な政権が誕生したならクーデターといった具合だ。
2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されると、それを口実にして中東から北アフリカにかけての地域に対する侵略戦争を本格化させたが、イラクも破壊されてきた国のひとつ。
そのイラクのバグダッドでアメリカ軍のAH-64アパッチ・ヘリコプターが2007年7月に非武装の市民を銃撃、十数名が殺されている。
その中にはロイターの特派員2名が含まれていた。
この出来事は秘密にされたが、2010年4月にウィキリークスが明るみに出している。
映像を見れば勘違いで銃撃したのでないことは明かだ。
ウィキリークスへこの情報を渡したのはアメリカ軍のブラドレー・マニング(現在はチェルシー・マニングと名乗っている)特技兵。
アメリカ軍の犯罪行為を内部告発したマニングは2010年5月に逮捕され、軍事法廷で懲役35年を言い渡された。
後に刑期は短縮されて2017年5月に釈放されたものの、釈放後、アッサンジへの弾圧を正当化する証言をしろというアメリカ当局から要求を拒否。
そこでマニングは2019年3月から20年3月まで収監されている。
アメリカの支配者は自分たちの正体を明るみに出したウィキリークスへ懲罰を与え、新たな内部告発者の出現を防ぐためにウィキリークスの象徴的な存在であるジュリアン・アッサンジを冤罪で逮捕しようとするが、エクアドルが彼の亡命を認める。
アッサンジはロンドンのエクアドル大使館で保護されるが、そこから外へ出られなくなる。
そして2019年4月11日、イギリスの警察はエクアドル大使館へ乗り込んでアッサンジを逮捕、イギリス版グアンタナモ刑務所と言われているベルマーシュ刑務所へ収監した。
その1カ月前にIMFはエクアドルに対して42億ドルの融資を実施すると発表している。
この融資の条件として緊縮財政が強要されたが、それだけでなく、アッサンジをアメリカへ引き渡すことも求められ、レニン・モレノ大統領はその条件を呑んだ。
刑務所ではアメリカの国防総省、FBI、CIAに所属している人びとから尋問を受けたとされているが、その際にBZ(3-キヌクリジニルベンジラート)という薬物が使用されたという。
それだけでなく、1日に22時間、あるいは23時間は外部との接触が禁止され、友人や親戚と面会できず、弁護チームも監視下で会うことが要求され、食べ物の差し入れや基本的な医療行為も拒否されたと伝えられている。
ウィキリークスが2012年2月に公表した民間情報会社ストラトフォーの電子メールによると、アメリカ当局はアッサンジを2011年初め、秘密裏に起訴したという。
その後、この情報は公的な文書で確認された。
ケレン・ドワイアー検事補が裁判官へ書いた文書の中で、アッサンジが秘密裏に起訴されていると記載されているのだ。
現在、イギリスではアッサンジをアメリカへ引き渡すための手続きが続いている。
担当している裁判長は軍産複合体と緊密な関係にあるエマ・アーマスノット。
アサンジをアメリカが起訴した理由について、内部告発しようとしている人や発行者を脅すことにあったとレオン・パネッタはドイツのARDが制作した番組の中で語ったが、その通りだろう。
アメリカをはじめとするアングロ・サクソン系国の支配者は民主主義を認めない。
米英の情報機関が後ろにいると破壊活動も民主化運動と呼ばれる
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香港では昨年、市街で暴力的な反中国行動が展開された。
その中心グループに属す黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、林朗彦(イワン・ラム)、周庭(アグネス・チョー)に対し、それぞれ13カ月半、7カ月、10カ月の有罪判決が出た。
反中国運動の象徴的な存在は黄之鋒。
市街が混乱していた当時、名前が出ていたのは黄のほか、羅冠聰(ネイサン・ロー)や周永康(アレックス・チョウ)。
黄之鋒と羅冠聰は昨年8月6日、JWマリオット・ホテルでアメリカのジュリー・イーディー領事と会っている。
そうした若者とアメリカやイギリスの情報機関、つまりCIAやMI6の間には元王室顧問弁護士の李柱銘(マーチン・リー)、メディア王と呼ばれている新自由主義者の黎智英(ジミー・リー)、香港大学の戴耀廷(ベニー・タイ)副教授、あるいは陳日君(ジョセフ・ゼン)、余若薇(オードリー・ユー)、陳方安生(アンソン・チャン)などがいる。
黄之鋒、戴耀廷、李柱銘は昨年9月、フリーダム・ハウスなる団体に栄誉を称えられたが、その団体の資金源はCIAの工作資金を動かしていることで有名なNEDだ。(全米民主主義基金National Endowment for Democracy, NED)
NEDへ流れ込んだカネはNDI、IRI、CIPE、国際労働連帯アメリカン・センターなどへも流れ、そこから配られる事になる。
この反中国運動は法輪功というカルトに支えられてきたと言われている。
このカルトは1992年に登場、その教義は仏教と道教を合体したものだとされているが、創始者の劉振営はキリスト教福音主義者で、「エルサレムへ戻ろう」という運動を行なっている。
つまりシオニスト。
法輪功は反コミュニズムでも有名で、USAGM(米国グローバル・メディア庁)から法輪功へ資金が流れているのもそのためだろう。
反中国運動を行ってきた若者はアメリカやイギリスの国旗やイギリスの植民地であることを示す旗を掲げていた。
元々は中国の一部だった香港はアヘン戦争に負けたことからイギリスに奪われた。
アヘン戦争は1840年から42年にかけて行われたが、56年から60年にかけても同じ構図の戦争、第2次アヘン戦争(アロー戦争)が行われている。
当時、イギリスはインド産のアヘン、アメリカはトルコ産のアヘンを中国へ売りつけ、大儲けしている。
大儲けした会社のひとつ、ジャーディン・マセソンは1859年にふたりのエージェントを日本へ送り込む。
ひとりは長崎へ渡ったトーマス・グラバーであり、もうひとりは横浜のウィリアム・ケズウィック。
ケズウィックの母方の祖母はジャーディン・マセソンを創設したひとり、ウィリアム・ジャーディンの姉だ。
アヘン戦争で勝ったイギリスだが、内陸部を占領するだけの戦力がない。
この国は傭兵を利用して植民地を広げてきた。
中東ではイスラム系カルトのワッハーブ派に目をつけてサウジアラビアを建国、インドでも傭兵を使っていた。
中国侵略で目をつけたのが日本だ。
グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州から5名の若者をイギリスへ留学させることを決める。
選ばれた若者は井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)。
1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンで、すでに独立していたグラバーも渡航の手助けをしている。
ケズウィックは1862年にジャーディン・マセソンの共同経営者となるために香港へ戻っていた。
後にケズウィックが幹部になる香港上海銀行は麻薬資金を処理するため、1865年に創設されている。
1866年には横浜へ進出し、大阪、神戸、長崎にも支店を開設。
明治政府とも深く結びついた。
アヘン戦争後に香港をイギリスは中国侵略の拠点にするが、後にアメリカも秘密工作の拠点にする。
ベトナム戦争でアメリカの情報機関は東南アジアの山岳地帯、いわゆる「黄金の三角地帯」で栽培したケシを原料にするヘロインで大儲けしたが、その時も香港が拠点として使われている。
イギリスの金融界、シティを中心とするオフショア市場ネットワークにも組み込まれた。
アヘン戦争後、香港は秘密工作と犯罪の拠点として「繁栄」したと言える。
その「繁栄」に郷愁を感じる人もいるようだ。
権力犯罪を暴露したアッサンジとスノーデンをトランプは恩赦するのか?
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次期大統領はジョー・バイデンであり、ドナルド・トランプは来年の1月にホワイトハウスを去ると大方の人は信じている。
ホワイトハウスを去る日が近づいた大統領は恩赦を命じるもので、今回はジュリアン・アッサンジとエドワード・スノーデンがどうなるかに注目している人が少なくない。
ふたりは権力者の犯罪的な、あるいは民主主義に反する行為を明らかにしたが、そうした言論弾圧が始まった当時のアメリカ大統領はバラク・オバマである。
もしトランプがアッサンジやスノーデンを恩赦したなら民主党や情報機関から報復される可能性が高いが、同時に言論弾圧者もダメージを受けるだろう。
アッサンジは2011年初め、アメリカで秘密裏に起訴されていたが、その事実が知られていない段階で彼はロンドンのエクアドル大使館へ逃げ込んだ。
同国の大統領だったラファエル・コレアは彼の亡命を認めるのだが、イギリスの警察は大使館から出たら逮捕する姿勢を示す。
そして軟禁状態になった。
2017年に大統領がコレアからレニン・モレノに交代すると、新大統領は亡命を取り消し、イギリスの警官隊が大使館へ乗り込んでアッサンジを逮捕し、イギリス版グアンタナモ刑務所と言われているベルマーシュ刑務所へ入れる。
現在、アメリカへ引き渡すための手続きを進めている。
スノーデンはアメリカとイギリスの情報機関が電子的に世界の人びとを監視している実態を明らかにし、ロシアから出られない状態になっている。
アメリカ電子情報機関NSAが地球規模の通信監視システムを作り上げていることは1972年に表面化、76年にはジャーナリストのダンカン・キャンベルとマーク・ホゼンボールがタイム・アウト誌でイギリスの電子情報機関GCHQの存在を明るみだした。
NSAとGCHQはUKUSAという連合体を作って監視活動で協力、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの情報機関がその下で活動している。
いわゆるファイブ・アイズだ。
キャンベルは1988年にUKUSAがECHELONという全地球規模の通信傍受システムを作り上げていることも明らかにした。
(Duncan Campbell, 'Somebody's listerning,' New Statesman, 12 August 1988)
そうした監視システムの新しい技術に関する機密文書をスノーデンは2013年5月に香港でジャーナリストのグレン・グリーンウォルドへ渡した。
その文書の大半をグリーンウォルドはまだ公表していない。
香港にいると危険だと感じたスノーデンはモスクワへ航空機で移動する。
そこからキューバへ向かい、最終的にはベネズエラへ行く計画だったと言われているが、アメリカは配下のヨーロッパ諸国に対し、空路を封鎖させる。
結果としてスノーデンはロシアから出られなくなるが、現在、世界でアメリカが手を出せない国はロシアだけだと言われている。
民主主義体制なら許されない行為が裏で行われていることをスノーデンもアッサンジも明らかにした。
そこで権力者は激怒、新たな内部告発を防ぐためにも見せしめ的に厳しく処分しようとしているが、それに対する抗議の声はか弱い。